松下昇への接近

 旧 湾曲していく日常

クロッシング(キム・テギュン)

他の方の批判的意見

 この映画は、北朝鮮絶対的貧困が一家離散を招いているさまを、音楽やスロー映像を交えながら、ことさら悲劇的に描く。雨や夕焼けの空の画は美しすぎ、母との死別やそれをめぐる父子の電話のシーンなどは「ここで泣け」とばかりの盛り上げ方だ。

 その制作側のねらい通り、立ち見が出るほど満席の映画館では、そこかしこですすり泣きが絶えない。だが、いったいその「涙」は何の涙なのか。

 何も観客の感動を疑っているわけではない。この種の「感動もの」があってもいいと思う。だが、その涙は、決して北朝鮮の現実を目の当たりにしたからではないはずだ。本当に北朝鮮の現実を目にしたら、おそらく涙など出ないだろうから。
http://d.hatena.ne.jp/knakajii/20100514/p1

 
 北朝鮮の困窮や人権無視などの実態は、日本人の多くも知っている。しかし、自分から切り離された「彼ら」の悲惨としてそれを見ることと、彼ら自身の立場に立ってそうした現実を感じてみること、その二つの間には大きな違いがある。後者のような機会はいままでなかった。だからそうした機会をかなりの市民に与えたという点でこの映画はやはり評価できるだろう。
(5/14追加)