松下昇への接近

 旧 湾曲していく日常

松下昇『概念集』の一部への感想 4

51 話と生活

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全共闘期、神戸大学で学生と共闘しつつ独自の闘いを持続しつつあった松下昇に対しては、懲戒免職が進行しつつあった。
一方で、責任者である二人の大学評議員からこんな話もあった。

「二人は、神戸大学の同窓会、特に財界グループが私に何年でも、世界のどこへでも留学させるといっているが応じる気はないか、と尋ねたので、」何年でも留学させるとは一般的には嬉しい話である。松下は自分の闘いのスタイルを確立しそれを持続していくことに自信を持っていたので、拒否した。

当局は時に、闘争の中心人物に対してこのような形で誘いを掛け、騒動(闘争)を沈静化させようとする。例えば、韓国の小説家・民主活動家黄晳暎は1985年から本来できないはずの外遊をするが、それもこのような意図からだっただろう。

「〈話〉とか〈生活〉に関して、このようなやりとりが起こりえた場所から、はるかに遠くまできている意味や、逆に、何一つ変わっていないかも知れない意味について考えてみたいからである。」
この文章を書いた1990年には松下は国内でも完全に孤立しており、可視的影響力はほとんどなくなっていた。

その意味で、はるかに遠くまできたのだ。一方、「何一つ変わっていない」とは自らの思想と行動に自負を持ちつつ「闘争」してこれたことの基盤の一部には特権的インテリとしての自己の存在様式があったことを暗示している。

55 死を前にして

666999.info彼の長男は小学校の入学式の日に原因不明の急死をした、その葬儀。
「会場がすぐには見つけられないためもあって、微かなためらいも潜在していたのだが、ともかく葬儀は、六甲カトリック教会でおこなうことになり、桜の花びらが流れる晴れた

一九七六年四月十日に、私は会場へ行き、一番前のベンチに座っていた。ミサが進行していくけれども、まるで自分には無関係な場面のようだ。六才の末宇が、永遠に巡礼してしまうとは…。私の後姿を見ていた友人の一人は、後で私の背中が会場のだれよりも大きく、六甲山系から突出する巨岩のように見えた、と批評してくれたが(後略)」

「私は果てし無い虚脱状態の中で、末宇、よくがんばったな、それにしても、タバコを吸いたい、トイレはどこかな、などと考えてもいた。」6歳の我が子を亡くした嘆きの中に突然「トイレはどこかななどと」という思念が入ってくるのは滑稽ではある。しかし松下はその滑稽さに注目してしまう。
「人間は、他のだれにも通じない苦痛や自失の中でさえ、それと一見して矛盾する感覚を潜りうる存在であり、その位置や意味を、たとえ人倫に反すると批評されようとも表現していく」べきだというのだ。

 

65 当事者

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当事者とは、裁判における訴訟行為をなしうる資格を認定された者をさす。原告と被告と法的参加人のこと。
「裁判記録の閲覧や謄写も、当事者ならば認められる。」

ある裁判で「占拠~明渡し強制執行時に留置された物品(概念集3〈空間や留置品と共に成長する深淵〉参照)に関する事件の全当事者(原告、被告、参加人)が不出頭し、裁判が休止状態になる〈事件〉が発生した。」

真実を明らかにするという祈りにおいて、真実を明らかにするために裁判は行われる場合が多い。しかし、「国」が原告あるいは被告の場合、国の主張の否定が認められる可能性は低い。その場合、国以外のAとBが裁判の場で争うという形を取ることで真実を明らかにすることができないか。
これはそうした問題意識で始められた裁判だっただろうか。

国の主張を否定する為に、国を相手に裁判をし続けるのはかなり大変なことであり、批判的意見・意志を大衆的に広める効果もある。しかし松下はそれだけでは足りない場合もあると発想した。

「各参加者の全生活~活動における当事者性や発想の様式を疑いなおすべきではないか、という」問題意識。「自らは反体制的と思い込みつつ慢性的に生活~活動している人々の中には六九年以来の成果を台無しにしながらも何か正しい意味のあることをしているという倒錯」に浸りきっている場合もあるのではないかと。

ところで、ある批判に対して、「よく判らないとか、判るように説明せよとのべて居直る者たち」が、最近のように(ツイッターでは毎日のように)発生する異常な時代が来るとは、松下は予期していなかったはずだ。何十年も前に、批判しているのは偉い。