松下昇への接近

 旧 湾曲していく日常

北朝鮮の食糧難について

昨日、大阪経済大学でアジア人道人権学会があり、石丸次郎さんの「北朝鮮の食糧難を解く」という講演があった。

 北朝鮮は1990年代後半、洪水などに伴う食糧難で約300万人が餓死したとされる。北朝鮮は95年秋、それまで「わが国に対する誹(ひ)謗(ぼう)」と否定し、隠し続けてきた食糧難を初めて認め、世界に支援を訴えた。


 このとき日本の米50万トンなど世界各国から約100万トンの支援食糧が北朝鮮に渡った。100万トンあれば、北朝鮮では600万〜700万人が食べられる量という。96年以降、WFPなどの食糧支援が毎年100万トン前後渡っている。
http://sankei.jp.msn.com/world/news/110707/erp11070721240007-n2.htm

 「数十万トン単位の食糧支援を続けてきた韓国は2008年以降、北朝鮮の軍事挑発などに反発し対北支援をストップしている*1 」ので、その分の食料が足りなくなったという事だろうか。


それとも、2012年には強盛大国*2を実現するのだと前から言っていたその約束を果たすため、何としても何らかのパフォーマンスは行わなければならない。そのような国家目的遂行のプロジェクトに流用するために、要請しているのだろうか? 

十年ほど前から、石丸氏は中国北朝鮮国境を通して北朝鮮国内の情況をのぞくだけではなく、北朝鮮市民を直接リクルートしジャーナリストに育てあげてきた。彼らが(命がけで)持ち帰るビデオや写真は、北朝鮮民衆の現実、真実を知る為に世界で最も良質の資料である。今年になってからも新しいビデオなどは入手できている。


でそれらから石丸氏が判断したところによると、昨年から経済はさらに悪化し、まともに食べられない人が増えているのは間違いないと。


しかしより細かく見ていくためにはまず、民衆の食料入手方法について知る必要がある。石丸によると3種類に分けて考えうる。
かっては全員に配給があったわけだが、80年代半ばまでか。*3

A。優先配給対象 今まで配給によって生活していた
軍隊、警察、保衛部(情報機関)、党と行政機関の幹部、一部の優良炭鉱、鉱山、軍需産業平壌市民の一部(扶養家族を含む)


B。協同農場員世帯


C。配給途絶グループ 総人口の半分近く。
配給も給料もほとんど出ていない。
したがって、庭や非農地などで細々と何か作るか、市場で現金で買うかしか食料の入手法方はない。

A,B,C3グループのうちCが最も悲惨であるかに思える。しかしもう十年以上そうした情況が続いており、Cの人々はなんとかその中で生きていくことを学んだ。つまり市場で小さな商いをすることで小銭を稼ぐ、そうしないと飢えるので頑張るしかないのだ。その中で餓死者なども多く出た。生き残った人々はそれでも毎日すこしづつ食べて生きている。


脱北者斎藤博子さんの本『北朝鮮に嫁いで40年』には、筆者が実際に体験したそのような小さなヤミ商売の様子が生き生きと描かれている。*4
・アカ(銅線)の密売
・豚肉を国境の川を越え中国で売る
・交換にヤミ煙草を得る
・巻き寿司を作って売る
・泥棒(トウモロコシ畑で)
・パンを売る
主に女性たちが重い荷物を持ち移動していくばくかのお金を稼ぐ。生きていくために。
資本主義の精神といったものが大好きな人たちは、もっと彼女たちの営みに注目し、その精神を褒め称えてやってほしいと思う。


で、2011年の現在最も困っているのは、いままで辛うじて配給が維持されてきたAのグループの人々であると、石丸氏は報告する。国家の核心たるべき彼らに、いまや国家は配給が出せなくなっているのだ。
ただし、警察、保衛部(情報機関)の人々は配給を確保している。というのは彼らは刑務所や収容所などを管理しておりそこの収容者たちに自前の農地を耕作させ自分たちの食料を確保しているのだ。


ビデオに実際に登場したのは若い軍人である。士官学校を出て4年ほどの。その間満足に食べられた事はない。その時も食料にすべき野草などを探しに外に出てきていた。「おかずはないか」などと直截に聞いていた。
国家・体制を守るべき軍人に、食料を配給できない国家とは何なんだろう。*5

飢餓寸前の兵士たち

これについて、石丸氏の編集する雑誌リムジンガン5号から、引用しておきたい。

まず、平安北道に住むキムドンチョル記者が11年1月末に電話で伝えて来た報告。

年が明けてから急に悪くなったと思う。1月中旬に自宅近くにある護衛司令部(金正日総書記や要人警護専門部隊)の知り合いの将校に会ったので尋ねると、一日の食料供給はトウモロコシ中心に300グラム、つまり一食100グラムだと言う。これは座っていても栄養失調になる量だ。*6


また在日コリアン青年連合(KEY)が出しているニュースからの一節。

江原道と黄海南道など前衛地帯の軍部隊で食糧難がひどいことが明らかになっ
た。今年2月に中国から入ったトウモロコシで軍糧米の配給を受けた後で、食糧が充分に供給されていない状況だ。一部の部隊では1日2食のみ配る所もある。空腹に耐えられない軍人が、近隣の村で盗みや強盗をするのが増えるのもこのような事情があるためだ。
North Korea Today −食糧消息−  ◆第29号(2011年 7月15日)
http://archive.mag2.com/0000281737/index.html

裁判官も配給が無い

『ああ兄さん、私も死にそうです。
今月も配給がなくて飢えています。上の人たちの顔色も見なければならないし、新義州まで行って犯罪者を強制連行してこいというのに旅費もありません。助けてください』と言う。どんなに状況が悪いと言っても、裁判官たちへの配給が無いなんて話になるかと言うと、自分たちも訳が分からない、と言っていたよ
   North Korea Today −食糧消息−  ◆第28号(2011年 6月15日)
http://archive.mag2.com/0000281737/20110615230000000.html


以上、優遇されていたはずのAグループに配給が途絶し去年までとは情況が違うという点については、別のソース(「食糧消息」)でも伺えることが分かった。

北朝鮮国内に食料がないわけではない

一方、強調されるべき点がある。「北朝鮮国内に食料がないわけではない」という点だ。
石丸氏のビデオには市場にたむろするしか生きる術のないコッチェビも何人か写っている。しかし今あえて彼/女たちの存在を無視してその背後を見ると、市場には食料があふれていることが分かる。

市場に行けばコメもトウモロコシも小麦粉も、豚肉も酒も餅もたくさん売られている。それらはほとんどは国内産だ。(キム・ドンチョル記者)*7

という情況が存在するのだ。


今年、北朝鮮は国連及び各国政府に食料支援を要請している。EU、ロシア、ブラジル、豪州などは食糧支援に踏み切ったそうだ。
その効果が現れAグループの人々の苦難は軽減されるだろうか。


石丸氏が引用しているアマルティア・センの一行をここでも引用しておきたい。

厳しい飢餓が発生し続けていることは、民主的政治が制度としても実践としても欠如していることと密接に関連している。
(『貧困と飢餓』より)

追記:大同江果樹総合農場

強盛大国を目指してもっとも力を入れている農場の様子。

翌日、強盛大国を目指してもっとも力を入れているという農業の模範農場である大同江果樹総合農場を訪れた。(略)

 区画整理された農場には農民たちのさまざまな住宅群や、事務所、加工工場、集積倉庫などが建ち並び、広大な農場を一望できる丘の上に立って、キム氏から丁寧な説明を受けた。

 今年は水害があって苦労したが、3年あまりの短期間に有機肥料を用いて土地改良とリンゴなどの品種改良を行ったという。将来、耕作面積が1千?に達するという豊かな農場には、果樹の若木が整然とはるか彼方まで植えられていた。http://www1.korea-np.co.jp/sinboj/j-2010/05/1005j0827-00003.htm

*1:http://sankei.jp.msn.com/world/news/110707/erp11070721240007-n1.htm

*2:金日成の生誕100周年の年

*3:今探すと次の記事があった、「わたしたちがかなり厳しい局面に追いやられたのは、80年代後半で、このころ配給が2ヶ月か三ヶ月かストップしてしまいました。(略)わたしの息子がなくなったのも80年代後半で、雑穀を食べたため、栄養失調でなくなりました。http://blog.goo.ne.jp/daewongun/e/c451992a4f30bd882899b9bb98bda13c

*4:斉藤さんは昨日のこの集会にも来られていた。

*5:崩壊間近と思わざる得ないが、それでも崩壊せずに今まできた。

*6:p55同誌

*7:p63同誌