松下昇への接近

 旧 湾曲していく日常

アマテラスの誕生

「アマテラスの誕生」溝口睦子 岩波新書*1を読了したので簡単にメモ。
シンプルな主題を丁寧に解説した、好著。

故皇祖高皇産霊尊。特鍾憐愛以崇養焉。遂欲立皇孫天津彦彦火瓊瓊杵尊、以為葦原中国之主。
http://www.j-texts.com/jodai/shoki2.html
日本書紀 神代下 第9段 天孫降臨条 本文)  

皇祖高皇産霊尊(たかみむすひのみこと)、特に憐愛(うつくしび)をあつめて崇(あが)め養(ひだ)したまふ。遂に、皇孫(すめみま)天津彦(あまつひこ)彦火瓊瓊杵尊(ひこほのににぎのみこと)を立てて、葦原中国(あしはらなかつくに)の主(きみ)にせんと欲(おもほ)す。
と読むらしい。
天皇がこの国を支配しているのはそもそも、皇祖(みおや)が「ほのににぎ」を支配者としてこの世界に派遣したから、なわけです。
で命令者たる皇祖ですが、高皇産霊尊である場合とアマテラスである場合と連名である場合、3種類のテクストが残っている。(日本書紀本文および一書、古事記
タカミムスヒが皇祖だったというのが古い伝承であり、7世紀末から8世紀はじめごろそれをアマテラスに強引に差し替えたのだ、というのが著者の主張。*2


日本の皇祖神・国家神は

  1. (不在)*3  豪族連合 (〜4世紀)
  2. タカミムスヒ  ヤマト王権時代(5〜7世紀)
  3. アマテラス   律令国家成立以降(8世紀〜)


といった形で、明確な断層を指摘することができる。
八百万の神」というがそれが主人公だったのは厳密には4世紀まで、ということになる。


天孫降臨神話は、朝鮮半島の北に広がる北方ユーラシアの遊牧民族が古くから持っていた王権思想だ。それは統一王権を権威つけ求心力を高める思想的武器たりうる。日本の支配者は5世紀にそう判断し、タカミムスヒを取り入れた。*4 タカミムスヒは北方ユーラシア系の太陽神であった。「宮中八神」の一つとして宮中で祭られている。


イザナキ・イザナミ〜アマテラス・スサノオオオクニヌシ系の神話(地方豪族の神話)が先にあった、と。これら自体多元的なものだが、南方系の神話である。多神教的で権力的でない。海の香りがする。

 この神風の伊勢の国は、常世(とこよ)の波の重浪(しきなみ)よする国なり。傍(かた)国のうまし国なり。この国に居らんと欲(おも)う。
日本書紀 垂仁天皇記)

アマテラスは大和から近江、美濃をめぐって伊勢にたどり着きやっとそこに住むことになった。
意味もなくただ果てしもなく広がる大海原ではなく、生命の源泉がそこに存在するトコヨにつながる海、豊穣な差異が重層するそのような海を発見し、アマテラスは腰をおろした。


それに対し、タカムスヒなどムスヒ系建国神話は、大王家と大伴、物部など王権中枢の伴造(ばんぞう)氏族(大王家直属の氏族)によって担われた北方ユーラシア系のもの。当時大王家以外の氏族は「臣」「君」「連」に分かれていた。このうち「連」が伴造(ばんぞう)氏族で、前二者が土着系ということになる。


でこの異なった二系統の神話を強引に一元化しようとしたのが、天武天皇と彼が編纂を命じた古事記である、ということになる。
王家の先祖神を入れ替えた目的は、国家統合である。大王がタカムスヒを国家神として掲げていると、「臣」「君」やその下に広がる膨大な人々とは別の文化伝統に属するものであると公にしているわけで、彼らの心からの服属は得られない。そこでより古い文化伝統に属するアマテラスを持ってきて、天孫降臨という新しい文化伝統の主人公にすり替える。壮大なマジックですね!
天孫降臨という神話が、天皇の絶対権力を説明し下々に普及させることのできる強力な神話であることをわたしたちはなんと、1250年ほど後に身に染みて知ることが出来るようになるわけですが!


より古い文化伝統に属するヒロヒトを持ってきて、平和主義日本(実は対米従属)という新しい文化伝統の主人公にすり替える。1945年に起こったことと同じくらい壮大なマジックが、700年ころにも起こっていた。主権(主宰者)が、権威的な者からより民衆的なものに変わった、という点では同じであると考えることも出来ます。民衆に与える物語(神話)を変えることで、その背後の権力は無傷に生き残りより強大化していくといったことさえあったのかもしれません。
天皇というものを軍国主義的絶対権力に近い物とみなす平板な反天皇主義者は最初から負けているわけですね。アマテラスの本質は八百万(反権力的民衆主義)でありそれが利用されていることを知らなければなりません。*5
註:1945年との対比は野原が勝手におこなっているもので原著にはありません。

この本の評判は

はてなでもとてもよい。
http://d.hatena.ne.jp/CUSCUS/20090619#p1:熱意ある応援

考察は手堅く若々しさを感じさせます。(略) すごいな〜。うれしくなりました。70過ぎてもこんなに若々しい思索が出来るのだ、ということにうれしくなりました。


http://d.hatena.ne.jp/CloseToTheWall/20090223 :他の2冊のアマテラス論を含めた多面的紹介


なお作者の溝口睦子さんは、なんと7/1にとりあげた中国思想専攻の溝口雄三さんのおくさん*6だそうだ。

たぶん関係あるデータベース

http://yumiki.cocolog-nifty.com/nautica/2009/08/post-1cb6.html

*1:isbn:9784004311713

*2:それはおおむね定説になっている

*3:至高神は不在 多彩な男女の神が奔放に活躍する

*4:支配者が半島から渡ってきたのか?

*5:これは憲法9条を原理化できない理由になります。

*6:奥様というとフェミから突っ込まれそうだが何と書いたらよいかな