徳川イデオロギー__山崎闇斎と解釈のレベル
「土金の伝」という、吉田神道の秘伝がある。吉川惟足を経て山崎闇斎に伝わった。*1
われわれにはちょっと荒唐無稽に聞こえるがざっと紹介してみよう。
伊弉諾は火の神「かぐ土」を五つに切った。「土」は5という数が対応する五行のダイアグラムの中心である。「火」は「土」の源であり「神明の舎」である心と結合する。そして「つち」はまた「つづまる」であり、固まり、凝り、「じっと」不動になることである。そして土は固まって金に変容する。土を固める方法の一つは湿らせる(つちをしむる)ことである。「つつしむ」は即ち「敬む」のことである。このことが起こる場は、心である。*2
身体の中で、心臓は「はら」よりも「高い」。それゆえ人の体は「たかまがはら(高天原)」、即ち心臓を持つ。そして、人が先ずそこを空にするならば、ここに神々が宿るであろう。*3
ここに日本紀の大己貴神のエピソードを重ねる、大己貴神が、海の彼方から来た輝く物体として眼前に現われた自分自身の魂と対面したという。
わたしのうちには幸魂(さきみたま)奇魂(くしみたま)という私にとって未知の、神に近い魂がすでに宿っている。私は自己を清浄にすることにより心臓の中空に魂(神)を迎えることができる。
これはちょっといいかも、と思った。
次に闇斎は日本神話ではさほどメジャーではない神、猿田彦を取り上げる。闇斎の形而上学はすべてに貫通している根源の「一理」に復帰しようとする傾向が強い。*4
「無極にして太極」原初的な混沌は庚申の猿のうずくまる姿勢によって表される、思念の無い、胎児のような状態である。それは感覚が活動する以前の未分状態、つまり、未発の「敬」の領域、道の完全性、中庸の中を表す。
朱子学においても性即理ですので、宇宙原理は自己の内側に発見できるともいえます。しかし怪力乱神を語らない儒教とはだいぶイメージが違いますね。
ジェイムスンの「解釈の4つのレベル」理論を、オームスは闇斎に適用しようとする。
1)字義どおりの(歴史的な)レベル | ・・歴史的事実 造化の史実 |
2)寓意的レベル | ・・解釈の鍵 宇宙一理 |
3)倫理的(個人に向けられた)レベル | ・・主体の行動の意味 心は神明の舎 |
4)超越的(アナゴキカル)なレベル | ・・歴史の集合的な意味 ひもろぎ 人の行為が日本の運命に関与 |
神代記の一節は、「五」=「中」=「土」=「敬(つつしみ)」といった等値により、寓意的な解釈に近づく。
次にそこで見出された「心は神明の舎」といったテーゼは〈倫理的〉レベルを開く。個人に語りかけ個人を問いただし倫理的実践を強いるに至る。
次に「万国に優越した国である日本の宿命」という観点から、さらに書き換えが行われる。皇統の天壌無窮というスローガンがそれを補強していく。
太古の神話の一片から個人の強烈な倫理的実践、そして宿命的愛国心まで。これこそイデオロギーのフルコースであり、次の時代に「被支配者である大衆からせきにん有る主体=臣民(サブジェクト)を創出」していくことになった。*6
初期徳川イデオロギーは、論じてきたように、日本最初のイデオロギーであった。またある意味では、かって日本が有した唯一のイデオロギーである。今日の日本における社会的・政治的諸価値は、17世紀に獲得した構造をそのまま持ちつづけている。*7
「おわりに」でオームスは結論を一挙に普遍化する。
明治から1945年の敗戦までの日本は、教育勅語とその過激化としての超国家主義という一つのイデオロギーに支配された。それは次の4レベルで記述できる。
1)字義どおりの(歴史的な)レベル |
肇国の皇祖皇宗|
2)寓意的レベル(allegolical) |
皇威|
3)倫理的(個人に向けられた)レベル |
儒教的諸徳目|
4)超越的(anagogical)なレベル |
皇国の護持・天壌無窮|
そしてそのような超国家主義を清算したはずの戦後においても、日本人論というナルシスティックな日本特殊論が大きな影響力を持つ。
1/2/3/4 のうち1/2/は欠くものの、それ以外は次のように指摘できる。
3)倫理的(個人に向けられた)レベル | 仕事熱心と仕事への献身 | |
4)超越的(anagogical)なレベル | 日本の経済的反映の維持 |
この結論についてはほとんど展開されていないこともありこの翻訳が出た1990年ごろなら、あまり注目されなかったのではないか。その後911以後、きなくさいナショナリズムの時代になり、右派の安部政権を経てなお、多様な不透明なナショナリズムが社会の至る所を覆っている。国家神道の存在(遍在)を指摘する人もいるくらいである。
このような現状を考える一つの軸、ツールとして「徳川(日本)イデオロギー論」は使えるのではないか、と思う。
第四回和辻哲郎文化賞 学術部門 受賞のことば等
書評
松岡正剛氏のもの http://www.isis.ne.jp/mnn/senya/senya1090.html
(いつもほど切れ味が良くない)
gaku4.pdf