松下昇への接近

 旧 湾曲していく日常

最も遠い他者ーー幸魂竒魂とは誰か?

1) 
書きたいことがあるのだが、唐突な話題でもあり難しい。*1
『徳川イデオオギー』という本を読んだ。これに出てくる山崎闇斎という人は徳川儒学の大物だがおそらく興味を持っている人はほとんどいない。
闇斎は朱子学者、根源について思考する。世界は宇宙は何から始まったのか?*2 無極(むきょく)にして太極(たいきょく)。*3


無極・太極を、日本書紀冒頭の混沌に重ね合わせるのが、闇斎の根源になるのだろう。*4
朱子学者が太極図のような〈未分〉に敬意を払うが、それはあくまで分化を通じての創造過程を重視するためである。形而上の迷宮に淫するのは仏教・道教的逸脱である。しかし闇斎は未分という原初状態それ自体に価値を見出そうとする。



儒教では慎独という言葉を大事にする。独りを慎むこと。オームスは「状況をがそれを要求していない時でさえも不断に自己に対して用心する、という極度に禁欲的な理想」と解説する。
闇斎は『大学』より『中庸』を尊んだ。「大学には天下平之極致を云う、中庸にはまず初めに天地位焉、萬物育*5と云う。どうしても(中庸が)一等高いぞ。」と闇斎は言う。
「闇斎は『中庸』に表現されるような、宇宙的統一のより神秘的な考えにはっきりと好意を示す」とオームスは解説する。*6



2)
〈外〉とフーコーは言ったはずだ。ある他者が現れたときそれを飼い慣らし結局の処、自己精神の内面の不安さといった退屈なゲームと同じだとしてしまうレトリック。西欧の思考は弁証法というトリックから抜け出すことができない。*7
そうではない〈外〉がなぜ必要なのか。私たちは自己から出ることができない。大学とよばれる知の秩序や国家とよばれる生の秩序も結局のところそれを防止するために存在している。しかし、自己なるものがなぜそんなに大事なのか、何を私たちは怖れているのだろうか。*8
私が自由であるために〈外〉が必要であることは自明である。


海の向こうからやってきた赤黒く光る何ものか。*9 不気味なはずなのに不気味とは思えない〈それ〉は、「幸魂竒魂」と呼ばれる。*10

 對、曰
 「吾 是 汝之幸魂竒魂也。」
 大己貴神/曰
 「唯然。廼 知「汝 是 吾之幸魂竒魂」。
  今 欲「(何處)住」耶。」
http://www009.upp.so-net.ne.jp/tocda/

非常に興味深い問答である。「吾 是 A也。」「唯(Yes)。汝 是 A。」はあまりに形式的に整いすぎ論理的すぎるように感じられる。
まるで中国語入門教科書のようだ。
他者が現れて自己紹介する。どう答えようが内心では(ああそうなのか(実は信頼してない))としか思いようがないはずだ。それとは会ったばかりでそれが信頼置けるかどうか判断の基準が無いから。大己貴は圧倒的な不安を感じるべきなのになぜか〈それ〉を信頼しようと決める。圧倒的な不安の根拠のない飛び越えが、逆にあまりに文法的反復になっていると感じられる。

 敵でも味方でもない、ある圧倒的な力によって問題提起の正しさが弯曲していくのではないかという一瞬おとずれる感覚のむこうに、はじめて、ほんとうの闘争がはじまっている。(松下昇)

奇魂は、松下の言う「ある圧倒的な力」というのと似ていると感じる。この圧倒的なものは敵でも味方でもないとは言われながらも自己の面前に圧倒的に立ちふさがっているというイメージであり敵対的な関係だ。したがって大己貴の場合とは違うのだが、なおどこに類似性があるのか。不意にやってきた未知なるものであるのに絶対拒否できないことが、あらかじめ告げ知らされていると深く感じられるという点で。またそれを受け入れることにより、自己と世界に変容をもたらす微かな予感において。


3)
上に書いた「初原=未分は、多様な現実において現存している」は、日本では次の文に表現されている。

天地の始まりは今日を始めとする。

 *11
わたしの実存において実践的である。


でその「わたし」というものは、くしみたま(奇魂)という圧倒的な異形の物を抱えている。それは他者でありながら、ある局面で、「汝 是 吾之幸魂竒魂」と決然とYESを言うことが予定されているのだ。


 日本人であることに誇りを持つなら、レイシストになることはできない、といった倫理をここに読み込むこともできる。

*1:わたしのうちには幸魂(さきみたま)奇魂(くしみたま)という私にとって未知の、神に近い魂がすでに宿っている。と1/10に書いた。

*2:日本人はこのような形而上学的思考になじまないとされる。

*3:周トンイや朱子にとっては、これは、空虚ではない超越論的な虚であり、そこから次第に分化(陰陽五行など)して流出するすべての理を含んでいる。それゆえ無極而太極は内在的なものであり、それから展開した多様な現実において現存している。オームスp325

*4:古いにしえに天地てんち未いまだわかれず 陰陽いんようわかれず 混沌こんとんにして鶏子とりこの如く 溟滓めいしにして牙がを含む

*5:http://www.1-em.net/sampo/sisyogokyo/sisyo/chuyou/index.htm

*6:オームス p327

*7:cfp24 フーコー「外の思考」朝日出版社

*8:天皇とよばれるどうでも良いものをなぜ私たちは怖れているのか? もちろん昭和天皇はわたしにとってどうでも良いものではないが。

*9:于時神光照海。忽然有浮来者。

*10:幸魂 此云 佐枳彌多摩(さきみたま)、竒魂 此云 倶斯美拕磨(くしみたま)。

*11:出典は神皇正統記でいいのか?