松下昇への接近

 旧 湾曲していく日常

「絶対的な審級」なんてとんでもない

PledgeCrewさん、一部であっても了解いただきありがとうございました。

「正義/不正義」とは、まさにあなたが言うように、「自己の恣意をこえた、自他をともに拘束すると考えられた審級」のことである。それは、言い換えるなら、各自が置かれている立場を超えた「絶対的な審級」ということでもあるだろう。
http://d.hatena.ne.jp/PledgeCrew/20090429

「各自が置かれている立場を超えた「絶対的な審級」」なんか存在しないんじゃないかな。
わたしが書いたのは「正義に訴えるとは、自己の恣意をこえた、自他をともに拘束すると考えられた審級に訴えること」だ、ということ。「絶対的な審級」なんていう話はしていない。
占領地の住民殺害は悪である、であるにもかかわらずそれを犯したイスラエル国家に対し日本などの国家は宥和政策を取っている。ある日本国民はわたしと同じく日本の国家意志形成に対し責任(関係性)を持つ。わたしが(とりあえず)うったえている正義とは、このような関係性にある人びとに訴えている「最低限の正義」であり、各自が置かれている立場を超えた「絶対的な審級」などという(いわば)高級なものではありません。

「すべての人が、ではない」という留保は無意味ではないか。そのような留保に意味があるとすれば、それこそ「世界で一番大きな不正義」が、人によって異なるということになってしまう。

「世界で一番大きな不正義」とは、「日本を含む先進国の市民*1にとっての“世界で一番大きな”不正義」を指します。新聞を読んだりネットでニュースをチェックしたりする人たちがまあおおざっぱに世界の常識を受け取りそれを支えているという認識です。
ここで想定した「日本を含む先進国の市民の一部」というのが世界人口総体からするとごく一部にすぎないじゃないか。そのこと自体が不公平であり是正されるべきだ、とはわたしも思います。「是正されるべき」と言った、その時には別の正義基準をどこかから持ち出してきている、とツッコマレたらそれはそうです。

*1:まあまあのインテリ以上と限定してもよい