松下昇への接近

 旧 湾曲していく日常

二重の基準論

現在、精神的自由の規制立法については、経済的自由の規制立法についての違憲審査基準よりも厳格な(厳しい)基準が妥当すると考えられています。二重の基準論といいます。憲法訴訟を勉強する時には重要な概念となります。
http://www.geocities.co.jp/WallStreet-Bull/1503/kihontekijinken.html  基本的人権の尊重

しかし、日本の憲法学が受け入れてきた「二重の基準論」は、(カール)シュミットとは明らかに異なった自由観を前提にしていたはずである。そこでは、表現の自由が民主的意思形成過程の不可欠の構成要素だと考えられてきた。国民の意思形成に自覚的に影響を与えようとする表現活動が、まさにそのゆえに特に保障されるべき「自由」だと考えられてきたのである。孤立した個人の活動よりも、他者を巻き込もうとうする活動のほうが重く保障されるべきだというのことになる。
(毛利透「市民的自由は憲法学の基礎概念か」p5 isbn:9784000107358