松下昇への接近

 旧 湾曲していく日常

菅官房長官、白馬事件を否認?

9月の記者会見について確認のためコピペしておきます。

インドネシアでは「日本軍が直接関わっているケースが見受けられる」

インドネシアに関する問題が取り上げられたのは、2014年9月5日に行われた菅義偉官房長官の会見だ。1993年の河野談話に関連する記者の質問で、


「『強制連行はなかった』というのは、学者の間でも90年代に韓国に関しては常識になっている」


という前置きとともに、インドネシアのケースについても触れた。


インドネシアのケースで、これは白馬事件と言うが、日本の軍が直接、オランダ系の女性を連れて行って強制連行した。これは定義からして『強制連行』にあたるのではないかという議論がずっと90年代からあると思う。長官がおっしゃる『強制連行はなかった』というのは、河野談話に関しては、ひょっとしたらそうかも知れないが、一般的に、例えばインドネシアや東南アジアのケースで、日本軍が直接関わっているケースが見受けられる。これは強制連行に入らないのか」


この「白馬事件」では、1944年2月に日本軍人が日本占領下のインドネシアにあった民間人抑留所からオランダ人女性を慰安所に連行し強制的に売春させたとして、戦後の軍事裁判で日本軍人に有罪判決が下されている。

「この問題は歴史家の研究に委ねるべきだと言い続けている」

菅氏は質問に対して一度は、
「全体として政府の立場は、この問題は歴史家の研究に委ねるべきだと言い続けている」
と、強制連行の有無について明言を避けようとしたが、記者がさらに質問すると、

インドネシアの(償い)事業も調整済みで、強制連行を示しているものは見当たらなかったというのが政府としての見解」

と述べ、朝鮮半島と同様にインドネシアについても直接の強制連行を示す資料は見当たらなかったという見解を示した。

政府も「売春をさせる目的で上記慰安所に連行」の記述を把握

だが、この見解には異論も多い。例えば河野談話作成にあたって政府が調査、発見した資料のひとつが「バタビア臨時軍法会議」と呼ばれる資料で、1.「ジャワ島セラマン所在の慰安所関係事件」、2.「ジャワ島バタビア所在の慰安所関係の事件」について「被告人」「判決事実の概要」といった事柄がまとまっている。前出の「白馬事件」についても扱われている。


1.の「判決事実の概要」には

「一九四四年二月末ころから同年四月までの間、部下の軍人や民間人が上記女性(編注:ジャワ島セラマンほかの抑留所に収容中であったオランダ人女性ら)らに対し、売春をさせる目的で上記慰安所に連行し、宿泊させ、脅すなどして売春を強要するなどしたような戦争犯罪行為を知り又は知り得たにもかかわらずこれを黙認した」

と、軍の直接的関与をうかがわせる記述がある。


共産党赤嶺政賢衆院議員が13年6月10日付の質問主意書で、政府が調査した資料の中にこれらの記述があるか確認したところ、政府が6月18日に閣議決定した答弁書では、

「御指摘のような記述がされている」

と答弁。政府としても一連の記述を把握していることを認めている。

この記述が「『軍や官憲によるいわゆる強制連行を示すような記述』にはあたらない

だが、この記述が「『軍や官憲によるいわゆる強制連行を示すような記述』にはあたらないのか」という問いには、政府は否定的な回答をしている。


答弁書では、
「政府の認識は、答弁書一(07年3月8日に辻本清美衆院議員が提出した質問主意書に対する答弁書)の1から3までについてお答えしたものと同じである」


と回答。当時の答弁書の回答の1〜3には
「同日の調査結果(編注:河野談話と同時に発表された資料)の発表までに政府が発見した資料の中には、軍や官憲によるいわゆる強制連行を直接示すような記述も見当たらなかったところである」
とある。


菅氏の答弁は、この答弁書の内容を踏襲していると言えるが、具体的根拠はいまひとつはっきりしない。強制連行の事実が確認できないのか、事実はあったが組織的な関与ではない、ということなのか。それとも軍法会議の「判決」自体が間違っている可能性があるということなのか。
http://www.j-cast.com/2014/09/08215320.html?p=all

オランダ、インドネシアについては、アジア助成基金が元慰安婦の女性に財政的支援を行ったり、元慰安婦の女性を優先的に入居させる高齢者福祉施設を建設するなどの事業を行っている。同基金はすでにすべての事業を終了し、07年3月に解散している。

11人有罪

終戦後の1948年、バタビア臨時軍法会議BC級戦犯として11人が有罪とされた。罪名は強制連行、強制売春(婦女子強制売淫)、強姦である。有罪者は、軍人および慰安所を経営していた日本人業者等であり、責任者である岡田慶治陸軍少佐には死刑が宣告された。また、中心的役割をはたしたと目される大久保朝雄(広島出身)陸軍大佐は戦後、日本に帰っていたが軍法会議の終了前に自殺した。裁判では、慰安婦にされた35人のうち25名が強制だったと認定された)[5]。

死刑になった岡田慶治少佐

さて、この白馬事件の実態を知るには被告側の言い分も聞いておく必要があろうが、死刑になった岡田慶治少佐は「青壮日記」と題した獄中手記を残している。日中戦争期の戦場体験から書き起こした半自伝だが、事件について次のように書いている。

 将校クラブの婦人たちをよく可愛がってやったつもり……その彼女たちが告訴している。それも嘘八百を並べて……時勢が変わったので我々に協力していたことになっては彼女達の立場がないのかと想像……起訴状を見ると首謀者にされている……「そうか飼犬に手を咬まれたのだ。もう何も言うことはない」と覚悟した……敵の銃口の前に立って、日本軍人の死に態を見せてやることではなかろうか。

http://sikoken.blog.shinobi.jp/%E6%85%B0%E5%AE%89%E5%A9%A6%E8%A8%BC%E8%A8%80/%E3%82%B8%E3%83%A3%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%83%A9%E3%83%95%E3%83%BB%E3%82%AA%E3%83%8F%E3%83%BC%E3%83%B3

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