松下昇への接近

 旧 湾曲していく日常

きみもここに存在していいんだ

7/14大阪で「仲良くしようぜ」というパレードがある。在特会のたぐいとは何度かでくわしたことがあるが、ものすごく不快なのものだ。言い返してやりたい、そうした気持ちがあるので参加してもいいかなとは思っていた。

主催者の一人はこう言っている。「なぜ今回のパレードがそこまで重荷を背負わなければならないのか。」*1
まあ左翼の集会に論争はつきもの。ひょっとしたら「仲良くしよう!」とメッセージが、実は大変孤独な私のような「左翼」の心の底に響いてしまった、から、なのかもしれない。

言いたいことは二つある。一つは主催者と関係ないのかもしれないが、@bcxxx氏発言。

連中は、自分がノンセクトであることを最大限の言い訳に、セクトとは無関係であることを強調し、あまつさえ、批判者に対して「セクト的」というレッテルを貼りさえする。ノンセクトと言うなら、中核派全学連委員長も確かノンセクトってことになってた気がする笑。
自らの極左性や、新左翼セクトへのシンパシー、セクトとの関係性を隠蔽しながら、避難クラスタ放射能忌避クラスタを中心とする、311後に政治運動に参加した無垢な反原発派市民に接近し、無用な対警察/対権力闘争に巻き込んだ、自称ノンセクトの活動家どもの責任は重大である。
https://twitter.com/bcxxx/status/355508241481994240

(昨日かの別の発言をはりたかったのだが、とりあえず)

連中とは具体的にはモジモジ氏のことである。彼が中核派でないことは誰でも知っている(例えば北守氏に聞け)。中核シンパかどうかは定義の仕方による。最初から偏見で見ているbcxxx氏の見方は参考にならない。モジモジ=中核、というのは悪質なデマである。

より悪質だと思うのは、「関西電力前の空間を拠点のひとつにしている、瓦礫反対派の市民グループ」を中核系、ないしすでに中核派にとりこまれてしまったグループであると認識し、拡散していること。
瓦礫反対派の市民グループは、福島周辺からの避難者も含めた、いわゆるまったくの市民を中心にしたグループである。それを中核派とよぶことは市民に対する敵対である。
(続く)(消すかも)