ガザの内側から
ガザでの劇的な一週間が過ぎ、状況は平穏に戻りつつある。すべてのことがあっという間に起こった。つい1週間前には、事態の収束には長い時間を要するだろうと人々は考えていた。しかし、6月14日、木曜の深夜、銃撃戦は止み、すべての戦闘は完全に終わった。翌日の金曜日、人びとは通りに出るようになり、ガザ地区全域で元通りの生活が始まった。
それは、ガザの住民にとって生涯忘れないであろう1週間だった。それは、そのとき起きたことのためだけでなく、この波乱に満ちた週に先立つ数ヶ月の間に起きた出来事のためでもあった。先週の出来事はパレスチナ人が二度と経験したくない時代に終止符を打った。
「大衝突」前の数週間、ガザにおける日常生活は耐え難いものとなっており、ほとんど破綻寸前していた。真昼間から通りで発砲事件が起き、ならず者や武装したチンピラの類がガザ市の大部分や他の地域を支配していた。彼らは殺人や強盗、恐喝を行い、裕福な人々を誘拐した。こうした状況は、過去2,3ヶ月間に渡って続き、収束する気配は全くなかった。(後略)(())
B・サーメド「ガザの内側から〜何が実際に起こったのか?」役重善洋訳 ミスターフvol.18 より
立派な小説の書き出しのような緊張感に満ちたすばらしい文章だ、というのがこの文章を読んで私がまず感じたことだ。
もちろんこれは小説でない。日本ではすでに語られなくなったイラクよりもっとずっと語られないパレスチナ、その西部にある小さな領域、ガザ・ストリップで最近起こった騒乱の緊急ドキュメントである。このことについて、興味を持って注視していた日本人はごく少ない。申し訳ないがわたしもあまり注視していなかった。
ならず者たち、カフカの小説ではないので、その正体が不明ということはない。簡単に名指される。*1
・・・犯罪のほとんどが予防治安部隊、特に「死の部隊」と呼ばれる分隊によって遂行されているということは、ガザでは公然の秘密である。・・・彼らはファタハの名の下で活動していた。・・・このグループはブッシュ政権から資金と武器を受け取っている。ブッシュ政権はこのグループを通じてガザの人びとの希望を奪い、絶望させ、パレスチナ自治政府を崩壊させようと企んでいる。・・・(同上 より)
ハマースは予防治安部隊の本部を砲撃し始めた。人びとは闘いが長引くことを恐れていた。・・・最も激しい戦闘があったのは水曜日だった。ハマースはその日のうちに予防治安部隊の本部を完全に制圧した。あの恐れられていた予防治安部隊をあまりにも速くハマースが制圧したということに人びとは驚愕した。(同上)
ガザの外にいる人びとの多くは、今回の出来事の多くは今回の出来事を内戦、あるいは、パレスチナにおける2大政治運動であるハマースとファタハの間の戦闘だと考えている。それはまるで見当違いだ。普通、内戦は2,3日の間に終結するようなものではない。これはガザ地区に多大な恐怖と腐敗を撒き散らした堕落した治安組織の指導者たちに対する戦いだったのだ。(同上)
*2
ハマースは予防治安部隊との戦闘に勝利した。ガザ地区にとにもかくにも平穏が戻ったことは喜ぶべきだろう!
予防治安部隊に対する編集部註を、追記しておく。Preventive Security;いくつもある治安組織のなかでも最も権限があると言われる。ファタハの実力者ムハンマド・ダハラン氏(この7月に失脚)がガザ地区の前長官を務め、ハマースに対する過酷な弾圧を行ったことで知られる。
ムハマッド・ダハラン について:
http://arab.fc2web.com/palestina/person/dahlan.htm
6月末にシャルム・アルシェイフでの4者会談(アッバス、イスラエルのオルメルト首相及びムバーラク・エジプト大統領、アブドラ・ヨルダン国王が参加)があった。
4者会談はアッバスを支え、ハマスを孤立させるために行われた。そして、実際にそうなった。しかし、世界がわかっていないのは、彼らが孤立させているのはハマスではなくて、ガザの140万人の男性たち、女性たち、子どもたちだということだ。
http://0000000000.net/p-navi/info/news/200707052350.htm
P-navi info : 「アッバスよ、ガザに来て、見なさい」ガザの市民より
イスラエルと米国の情報操作に抵抗し、わたしたちはガザの市民たちのことを、時折は、時折は、思い出さなければならない。*3
最後に、この文章が載っていたミニコミ「ミスターフ」の発行元 パレスチナの平和を考える会のurlを載せておきます。 http://palestine-forum.org/
*1:ただしわたしがそしてあなたがそれを記憶に留めるかどうかは別の話。
*2:日本での良質と考えられるニュース「いまパレスチナは危機的な状況です。昨年来、断続的に続いていたハマスとファタハの抗争は、6月中旬、ハマスによるガザ地区制圧という事態にまで発展しました。アッバス自治政府議長はヨルダン川西岸で非常事態内閣の設立を宣言、これによって、パレスチナはハマスが統治するガザ地区と、ファタハ統治の西岸とに二分されるという最悪の状況に陥ってしまいました。 http://0000000000.net/p-navi/info/info/200707242143.htm [東京]緊急シンポジウム「内紛と分裂? パレスチナはどうなるのか」28日
*3:今週は、平和に思いを致す機会が多い。世界にはガザの市民たちよりさらに見捨てられた人びともいる。しかしインターネットの通じているエリアに住む隣人であるガザの人たちを見捨てる権利は私たちにはない。