松下昇への接近

 旧 湾曲していく日常

東もアラーのものであり、西もアラーのものである。

何ものも純粋ではありえない。細密画や絵の世界では、傑作が造られた時、あるいはすばらしい絵に歓喜の涙を流したり、総毛立つような美しさを見た時、今まで一緒に用いられなかった二つの異なるものが一緒になって何か新しいすばらしい物を作り出すと確信している。
ベフザトやペルシアの絵のすばらしさは、アラビアの絵が蒙古や中国の絵と混じりあったことのおかげである。シャー・タフマスプの一番美しい絵はペルシアの様式とトルクメンの繊細さが一緒になったものだ。
今日誰もがインドのアクバル王の細密画の工房を褒め、賛嘆しているならば、それは細密画師にヨーロッパの名人の様式を採るようにと激励したためである。
東もアラーのものであり、西もアラーのものである。神よ、わしらを純粋でまじりけないようにと言う者たちからお守りくだされ。
(p250 同書)

参考:
http://elder.tea-nifty.com/blog/cat6620458/index.html
マダムNの覚書: オルハン・パムク
http://www.jpf.go.jp/j/culture_j/news/0411/11-03.html
Top>事業案内>文化芸術交流>最新情報>「東と西、過去と現在の狭間で−トルコ作家オルハン・パムクの世界」
http://d.hatena.ne.jp/shippopo/20051104/1131114794