松下昇への接近

 旧 湾曲していく日常

空しき夢のなか空に

さゆりばのしられぬ恋もあるものを身よりあまりてゆく蛍かな
  註 さゆりば:小百合花、ヤマユリ

出づる日のおなじ光に四方の海の浪にもけふや春は立つらむ (春)
   「初学百首」より

思ふこと空しき夢のなか空に絶ゆとも絶ゆなつらきたまの緒
  註 なか空:空のなかほど たまの緒:緒、短いこと、命*1

 藤原定家の歌を3首掲げる。
一首目は、少女のようなかわいらしい恋歌。
二首目は、儀礼的なおめでたい歌。定家の歌は個人的なところ局所的なところが欠けていると言われているようだ。そのような彼が「おなじ光に四方の海」という非場所性(普遍性)を歌っている。CGのような人工性を感じても良い。
三首目にも、空=空という反復とともに非場所性があらわれる。「つらきたまの緒」といやに深刻だがレトリックが先行しているので、個人的悩みがあるわけは(たぶん)ない。なか空にまで何かを浮かせるだけの形而上学的パワーと、にもかかわらず絶望に限りなく近い〈思ひ〉のあり方。自殺を身近に感じている現代の少年少女はかえって身近に感じるかもしれない。
参考  http://www.asahi-net.or.jp/~sg2h-ymst/yamatouta/sennin/teika.html#VR
藤原定家 千人万首
http://www.furugosho.com/inseiki/hitomooshi-note.htm
http://www.furugosho.com/inseiki/kanezane/teikadebut.htm
藤原定家の登場(院政期社会の言語構造を探る)

*1:参考p178 no54 塚本邦雄『定家百首』河出文庫