松下昇への接近

 旧 湾曲していく日常

焼身自殺者のために祈る


チベット焼身自殺者のために祈ってください。


チベットの状況については例えば、http://d.hatena.ne.jp/noharra/20121224#p1 を読んでください。若いあるいは中年の焼身自殺者が何を考えて自殺に至ったのか?ですが、民族としてだけでなく自分の身の回りの小さな親族友人たちにとっても「未来がない」と強く感じ、それを抗議という形で表現しようとしたのだと思います。そうした人たちはすでに百人を超えました。


なぜ結城先生(「C言語プログラミングレッスン」を読んで一応勉強したので先生と呼ばせてください)に依頼するのか、の理由を書こうと思います。
一つの不正に対してその不正を糾弾し同志を求めて宣伝するのは正しい事です。そうであるならそうすれば良いので、「祈り」というのは畑違いになります。…
私が自分で祈れば良いのはそのとおりです。私は祈りたいのか?先日読んだ漫画に、幼女に「小指の爪を頂戴!」と言われて「はい」と自然に差し出す執事が出てきました。小指の爪程度のものすら差し出す覚悟もない私がそもそも、祈る権利もないし、焼身自殺者について言及する権利すらないのかもしれません。… しかし祈ることは権利と無縁でしょう。権利がないからこそいのる。サバルタンな権利。… 祈るためには無償になる必要がある。魂を浄化しその事だけを考える。でも私にはチベット以外のことを捨てることなどできない。… 捨てる必要はない。親子や夫婦の関係ですら神の目から見れば無常である。1秒間あなたがチベットの事だけを考えることができれば、それは彼のために祈ることだ。


というわけで、私は彼のために祈ることにしました。(彼というのは面影が印象的な作家グドゥップのこと。 参考:http://blog.livedoor.jp/rftibet/archives/51764224.html


依頼するのは止めます。膨大な数の世界の見捨てられた少数者の一例としてチベットの人たちのことも知ってくださいという情報提供としてリンク先は置いておきます。もしよかったら、読んでください。


祈りについて考える機会を与えてくださったことを感謝します。
                      野原燐(@noharra)

結城浩氏に次のサイトがあることを知り書き込もうとしたもの。
あなたのために、祈ります



チベット自治区ナクチュ(那曲)の街中で10月4日現地時間午前10時頃、ディル(比如県)出身の作家グドゥップ(43歳)が中国政府に抗議する焼身を行い、その場で死亡。