松下昇への接近

 旧 湾曲していく日常

70人に1人という暗黙の「女性枠」の存在

若き司法試験合格者である土井さんは1999年から司法修習生として研修を受けていました。
「最初は検事にも興味がありました。人権行政をつかさどるのは法務省人権擁護局の検事です。」とあります。*1
言い換えるなら、日本人の人権を護る総元締は、法務省人権擁護局です。そこに所属しているただの官僚ではなく検事の資格を持つ人たちがいわば護民官ということになりますでしょうか。
http://www.moj.go.jp/JINKEN/index.html

 しかし女性の検事採用は、(70人弱の)各クラスから1人ずつに限る暗黙の「女性枠」があることを知りました。「1人だから。決まっているから」などと教官が普通に話していました。あまりに「当然だ」と提示されると、間違いに気付きません。

やがて真っ赤な女性差別だと思うようになりました。
 仲間10人ぐらいで、タイ料理屋でお酒も飲んでいる時に、「おかしい」と盛り上がってしまいました。私たちが行動したら無くなる、と思いました。その場で「検察官任官における『女性枠』を考える修習生の会」を結成。チラシを作り、朝、修習生800人の机に置きました。採用率が低いことも調べました。

でも司法試験合格者というエリートだけで作られる非常に狭い世界に一生生きていくこと(なまじエリートだけにそこから落ちこぼれることは考えられない)を考えれば、実際は何もできない。一度は志を同じくした仲間もほとんどがそう考えました。しかし幸いそのようなくびきを突破できる友人もいました。

その時、仲間の男1人が「正しいことを言うのだから、おれは構わん」と言ってくれ、研修所の所長に1人で申し入れてくれました。かっこいいですよね。私と一緒に毎日新聞朝日新聞やNEWS23にも出ました。「インパクトがあるから」と名前も顔も出しました。

しかし、

 法務省は「女性枠」の存在を一度も認めていません

が、
結局、女性の採用は増えました。(以上 上記新聞記事から)


 「女性枠の存在」といえばアファーマティブ・アクションとして女性を優遇するための枠であると、とっさに理解されるであろう。先に書いたように人権擁護の総本山である部署であればなおさらだ。ところがそれとは正反対の、まさに女性差別以外の何物でもない差別が、将来の日本権力の中枢を担うべき人材育成の場所において行われていたというのは、大きな驚きだ。
 先進国のなかで日本だけが、フェミニズムの洗礼を情報の面では十分に受けながら、社会変革に結び付かなかった異例の国である。何故なのか疑問に思っていたが、このような露骨でありながら隠された〈基準〉が社会のいたるところに存在し、インテリとして弁護できないと知りながら隠しつづけるという営みが絶えることなく行われ続けたこと。そのような膨大な努力が、わたしたちのこの生きにくい社会を構成したのだ!