松下昇への接近

 旧 湾曲していく日常

北朝鮮の下層民衆は苦しんでいるのか

きょうは少し寒くびちゃびちゃ雨が降っている。北では雪だろうか。アムール川*1豆満江の川岸には厚く雪が積もり河面は凍結しているのだろうか。
私は分からない。
米1kg1,000ウォン台では生きていけない! http://d.hatena.ne.jp/noharra/20100217#p1
という記事を書いた。物価の暴騰はおさまったのだろうか、私は分からない。


ただ最近思い出したエピソードがあるので書いておきたい。

鄭義《チョンイー》という中国の亡命作家がいます。1947年生まれ。文革世代。
彼の紹介文にはこうある。

2年ほど、北京をはじめ中国各地で内戦に近い武闘の体験を積んだのち、68年末に山西省太行山脈太谷県の村 ヤオツートウに下放した。
この下放中に毛沢東思想への絶対的進行に疑いを抱き初め、元紅衛兵の仲間とともにマルクス主義の文献からカント、ヘーゲルそしてサルトルらの実存主義哲学までを読破した。こうして下放青年たちは、毛沢東思想をマルクス主義の装いをした封建主義として批判し、ヒューマニズムの視点から社会主義を再検討し始めたのである。*2

 殺人者集団と規定されてもかならずしも反論できないところの元紅衛兵たち、その彼らにして西欧哲学をまじめに勉強していたとは! 少なくとも彼らには思想の自由(読書し考える自由)があった。これを読んだとき思い出したのは、李英和が書いていた北朝鮮の大学教官についての奇妙なエピソードである。
在日朝鮮人である李英和北朝鮮への留学から帰国するとき、北朝鮮の大学教官がマルクス資本論朝鮮語訳)をくれたという話だ。*3
余っていたからくれたのではない。資本論を読み北朝鮮の現状とあわせて考えるという行動自体が北朝鮮では禁じられている。自分自身としてもできない。そうであるあり続けるという悔しさを、異国から来た李あるいは異国に住む同胞に告げたい、とその教官は思ったのだろうか。北朝鮮には大学がたくさんある。サルトルはダメだろうがカントヘーゲルの翻訳はあるのだろうか、いずれにしても大学教官においてもそこでは思想の自由が圧倒的に欠けている。中国と比べても。


わたしは触れることができない 北朝鮮の痛ましさに


しかし、触れることができないことを確認することは、「触れるな」という命令に従うことではない。触れるなという命令に従うことは、隠蔽に加担することであり、悪である。


悪とは、在日バッシング、ヘイト言説のカジュアル化である。

(もちろん段階は重複しているが)小泉の残した最大の遺産が「郵政」でも「拉致問題」それだけでもなくて、拉致問題を背景とした「国家を挙げて」という意識である。意識の中央集権化は財源ばら撒きを批判しつつの地方の切り捨てとも相まって急速に支持を得る。
http://twitter.com/Bong_Lee/status/10150082966

今回の鳩山発言が、広範な左翼の反発を呼んだのは、こうした「挙国一致再び」の危険を感じたからであろう。
しかし、一方ではこういう問題もある。

拉致問題それ自体の罪悪は少し脇において、その後巻き起こった言論の主流なものが「総連」に対する制約と、在日をふくむ朝鮮半島系の人間に対する「スパイ属性」の付与だった。
http://twitter.com/Bong_Lee/status/10150696497

@Bong_Leeさんの意見自体に反論はないです。ただし「総連及び在日をふくむ朝鮮半島系の人間への差別」に「拉致問題それ自体の罪悪」を対置させるという布置において、強制収容者や下層自国民を餓死の危険に放置しているというより大きな悪は見えなくなる。日本人が何を言うか!と言われるかな

金正日の悪を拉致問題と規定し、「北朝鮮vs日本」という図式を強力に立ち上げるというベクトルが、ネトウヨ+小泉元首相などによる(今のところ)不滅の図式である。
それに対して、「総連及び在日をふくむ朝鮮半島系の人間への差別」に「拉致問題それ自体の罪悪」を対置させるという布置自体は疑わず、というかその枠を固定的、実体的なものととらえることによりそれを批判していくという勢力がある。
それに対して、より小さな勢力だがトンデモに入れられる部分の一部には、北朝鮮を米国の傀儡国家、日本に米国製の軍備を買わせるために維持させられている傀儡国家であるとする意見もある。
小さな勢力には違いないかもしれないが、もっぱら北朝鮮帰国者や脱北者の立場にから物事を考えていこうとする、北朝鮮帰国者の生命と人権を守る会 http://hrnk.trycomp.net/ などもある。


わたしの考えはまず、
「総連及び在日をふくむ朝鮮半島系の人間への差別」に「拉致問題それ自体の罪悪」を対置させるという布置自体に反対し、もっぱら北朝鮮帰国者や脱北者の立場にから物事を考えていきたい、とするものです。
その立場において、拉致被害者のことは一切言及しないという戦略をとります。
拉致問題それ自体の罪悪は少し脇において」をもっと強く維持するということです。


さきのいちゃもん的tweetに対しBong_Leeさんから丁寧な応答が来た。

@noharra 日本人だから云々とは全く思いませんよ、ご心配なく。ただ論理の飛躍を覚えたことは指摘しておきたいです。餓死者や最下層をどうにか救いたいという思いは大事ですが、今回の議論はある程度の範囲を絞ってます。「北」についてはいつかまた別のステージを設けて話したい。
http://twitter.com/Bong_Lee/status/10181928641

twitterではうまく伝えられないこともあるので、現在のわたしの気持ちをブログに書いてみた。
Bong_Leeさんへの応答も兼ねて。

*1:アムール川北朝鮮ではない、もっと北にある。アムール川が出てくるのは行ったことがあるから。

*2:神樹p585 後書きより ISBN:9784022574282

*3:李英和北朝鮮 秘密集会の夜」p269 1996年 文春文庫 親本は1994年刊行