松下昇への接近

 旧 湾曲していく日常

蒋介石がシナ人の農民たちを苦しめているから

 わたしは入学試験の口頭試問の時に、聖戦について問われ、熱心に答えた人間なのだ。「それはシナの支配者の蒋介石がシナ人の農民たちを苦しめているので、そのお百姓さんたちにかわって、人びとが平和な生活ができるように戦っているのですから、聖戦といいます。日本軍は蒋介石軍をその支配者の立場から追い出してしまったら、帰って来ます。自分の利益のために戦っているのではありませんから、聖なる戦いといういみで聖戦というのです。」
 わたしはほんとうにそう思っていた。
p146 「慶州は母の呼び声」森崎和江 isbn:4103517018 C0095

 満州国はすでに建設されていたので、その「国境」を踏み越えて中国の中心部に侵攻するためには理屈がいる。大人は馬鹿だから「暴支膺懲(ぼうしようちょう)」といった意味不明な言葉にだまされてくれるが、小学生はそうはいかない。小学生にも分かるような理屈で言うならば上のようになる。上のような理屈を大人に対して説かなかったのは、日中開戦直後の戦争はすでに、上の理屈ではとうてい説明できない事態になっていることを大人たちは知っていたからである。南京大虐殺の実態は知らなくとも、日本軍が現地の農民から食糧を奪って進軍していたわけであり、農民から歓迎されていたわけではないことを大人たちはうすうす知っていた。