松下昇への接近

 旧 湾曲していく日常

ホロコーストという言葉を使わない理由(その3)

ユダヤ教では、ナチスによる災難に対しホロコーストという言葉を使うことは決してない。それについて昨日徳永 恂先生が解説してくださったのだが*1、無学なわたしはせっかくのお話をうまく理解できなかった。
思うにこういうことだろうか。アブラハムがイサクをそうしたように、喜んで心から惜しみなく差し出すというのが犠牲(ホロコースト)の心だと。そうであれば、600万の犠牲者をそんな風に位置付けることは決してできないと。

*1:昨日「ユダヤ文化から何を学ぶか?」というアカデミックな講演に行きはじめてなのにあつかましくも質問してしまった。