松下昇への接近

 旧 湾曲していく日常

春 二首

たかさごのをのへの桜さきにけりと山の霞たたずもあらなん(後拾遺120)[百]

【通釈】遥かに山並を眺めやれば、高い峰の上の方に、桜が咲いているなあ。こっち側の里近い山に、霞が立たないでほしいよ。
http://www.asahi-net.or.jp/~sg2h-ymst/yamatouta/sennin/masahusa.html 大江匡房 千人万首

さほ姫のうちたれ髪の玉柳ただ春風のけづるなりけり(玉葉92)

【通釈】佐保姫の長い垂れ髪のような柳は、ただ春風が櫛でとくばかりで、こんなに美しく打ちなびいているのだ。

【語釈】◇さほ姫 平城京の東側に位置した佐保山の女神。大和の西境にあたる龍田山の龍田姫が秋の女神とされたのに対し、佐保姫は春を司る女神とされた。◇うちたれ髪 結い上げず、垂らしたままの髪。◇玉柳 美しい柳。「玉」は美称。◇けづる 梳(くしけず)る。櫛を入れて髪筋をととのえる。

 元旦に百人一首を家族で二回ばかりやった。中学の息子にも負けてしまう有様でひどいものである。今日酔っぱらって古本屋に行ったら、『百人一首一夕話』上下という岩波文庫があって2冊1200円だったが買ってみた。このごろ定家や新古今に興味があるので入門用に。
 百人一首の良いところは有名人ばかり入っているところだ。先日清水寺からむかしの六波羅のあたりを歩いたら、六道珍皇寺があり、篁の地獄への通路の井戸があった。この井戸のことはわたしは、藤原真莉の「姫神さまに願いを集英社コバルト文庫シリーズにしつこく出てくるので覚えていたのだった。小野篁ももちろん百人一首にある。ただ井戸のエピソードと全くイメージが違う歌なので今まで同じ人だとは思っていなかった。
 さて話が逸れたが、大江匡房も、わたしたち*1にとって特に重要な作家であることは言うまでもない。*2で彼の歌も上記サイトに30首も載っている。さすが秀才と名が残っているだけある。
 一首目は良さがわたしにはよく分からない。高砂兵庫県高砂市のことではない、ここが誤解しやすい。をのへ(尾上)=峰(お)の上、がポイント。「春の桜狩は外山(端山)から奥山へ、秋の紅葉狩は奥山から外山へ、というのは日本人の行楽の自然な約束である。(安藤次男『百人一首』p198)」だそうである。しかしこれを読んでいる人のなかでそれを知っている人が何人いただろうか。
 二首目はさほ姫が出てくるので。佐保姫は重要だが、古事記に載ってないのでいまはマイナーになってしまった。
http://www5d.biglobe.ne.jp/~f-doll/page169.html

*1:マイノリティに興味を持つものたち

*2:いちおうそういうことにしておこう