松下昇への接近

 旧 湾曲していく日常

存在はいまだ途上にある

被造物がすべて今日まで、共にうめき、共に生みの苦しみを味わっていることを、わたしたちは知っています。被造物だけではなく“霊”の初穂をいただいているわたしたちも、神の子とされること、つまり、体の贖われることを、心のなかでうめきながら待ち望んでいます。
(ローマ書8・22-23)

被造物、すなわち人間も動物も植物も、この地上に生存するいっさいのものはいまだ途上にある。様々な苦しみ、不安、嘆き、呻吟のなかで救いの時を求める旅の途上にある。
(富岡 p57同書)