松下昇への接近

 旧 湾曲していく日常

倫理を超えるもの

 末木文美士の『仏教vs.倫理』isbn:4480062874ちくま新書新刊はいわゆる入門書ではない。宗教のひとつとされる仏教研究者として30年を過ごしてきた末木はもちろん入門書を書こうと思えば書けるのであるがあえてそうせず、葬式とは何か?宗教とは何か?等々という子供のような問いを問おうとすることに一冊の本を費やしている。もちろんそうした問いに明確な答えが与えられるわけはないが、末木はわかりやすい言葉で語れることはすべて語っている。優れた本だと思う。


 1893年、井上哲二郎は次のようにキリスト教を攻撃した。

  1. 国家を主としない。
  2. 忠孝を重んじない。
  3. 出世間を重んじて世間を軽んじる。
  4. その博愛は墨子の兼愛の如く、無差別の愛である。 (同書p120、口語体に翻訳)

この4項目は仏教にも当てはまる。しかし不思議なことに仏教者は大部分あたかもそれが当然であるかのように、井上の側に立ちキリスト教を攻撃した。そして攻撃によって自分のエリアを確保した後、自分が攻撃したことなど無かったかのようにそのことを忘却し、自己の宗教学や日常活動に励んだわけだ。その結果、大東亜戦争期において国家神道が国民を死に追いやることに協力することになった。

戦後いちはやく鈴木大拙は激烈な戦争批判を展開し、その責任を神道に帰した。(同書p159)

しかしながらそれは結局責任逃れの論ではないか。

右翼的な人は伝統という言葉が好きだが、明治維新までの日本の伝統は神仏習合である。それに対し、神道側は国家神道としての近代化の道を選んだ。一方仏教はキリスト教を模範とする個人を救済する宗教に成ろうとした。ところで国家神道の前提になるのは神道非宗教論である。

神道が宗教でないならば、それを国民に強制したとしても、宗教の自由に抵触しないことになる。(略)
神仏習合ではなくなったものの、ひとりの人が仏教と神道の両方をかけ持ちすることは何の問題もなく、むしろそれが当然のこととされる。宗教である仏教は個人に関することであり、非宗教である神道は国家に関することで、相互に矛盾無く役割を分担することになる。(略)
次元が違う以上、仏教が神道に対して批判がましいことをいったり、口出しすることはできず、むしろ国家神道を裏から支えることになってしまったのである。
その重層的な相互補完構造は、戦後になっても十分に反省されることなく、問題そのものが封じ込められてしまった。(p161-162 同書)

これが末木のいう「神仏補完」構造である。このような相互補完は、仏教だけでなく、別の形で普遍を唱えるすべての学問思想においても起こったと考えるべきだろう。可視的な弾圧を受けた戦前のマルクス主義とその周辺の思想を除く、という留保は必要だろう。しかしマルクス主義周辺についてもある時期までは許容されていたのだと考えるとき、わたしたちの自由が「ある時期までの許容」に過ぎない形で社会に組み込まれているのかどうかという問いを忘れてはならないだろう。


末木さんは、倫理や道徳など大嫌いと冒頭から言い放つ。では彼は倫理をどのようなものと考えているのか。

つまり、倫理というのは、何か特別の原理に従って「かくあるべし」というのではなく、「人の間」的存在である人間がおのずから従う行動のパターンであり、人の間が成り立つためのルールだということができよう。(同書p91)

これは和辻倫理学の解説の部分だが、倫理についてのこの規定は末木はずっと維持する。

「人を殺してはいけない」というのも、このような「人の間」のルールのひとつと考えることができる。だから、そのルールが通用する場でのみ成り立つのであり、あらゆる場面において正当化される普遍的原理ではない。たとえば、戦場においてはそのルールは成り立たない。(p94同書)

末木はさりげなく書いている。しかしこの言説は教師のタブーを明確に犯している。日本において*1、教師は道徳の範疇内で言説しなければならない。しかし倫理や道徳とは畢竟「人の間」のルールである。アウシュビッツの後、道徳を語ることはできるのか?

アウシュビッツを、ヒロシマを、阪神大震災を、9・11を、見てしまった不幸。そのとき人はもはや無邪気に語ることができない。語りえないものがトラウマとして沈殿する。(略)
語りえないものが何かある。とすれば、僕たちは「間柄」的な〈人間〉のレベル、公共的な言葉のレベルに止まっていることができなくなる。〈人間〉の領域を超えたとき、そこに何が見えてくるのか。もはや倫理は成り立たない。倫理に回収されない、超・倫理としての「宗教」の問題へと否応なく入り込んでいかなければならない。(p102同書)

*1:あるいはどこの国でも