松下昇への接近

 旧 湾曲していく日常

きかんしゃトーマス じこはおこるさ

きかんしゃトーマス じこはおこるさ https://youtu.be/e-gEGb_JWz8
というビデオはなかなか衝撃的ですばらしい。

トーマスは機関車だ、だから「じこはおこるさ」とかわゆく言われてもそれは多くの人命を奪う悲惨極まりないものである可能性も高い。それを考えればこの動画のこの楽しそうなメロディは不謹慎であるとして日本では批判されるであろう。


しかし世の中で一番大事なことは無視したい可能性である。しばらくの間事故が起きなかったとしても必ずまた事故は起こる。この可能性を隠蔽し「じこはおこるさ」と子どもに伝える必要がないとする人が多い。彼らが言うのは「事故(を起こしては)はいけない」という倫理的お説教だ。それは間違ってはいないが「じこはおこる」という可能性に対するリアルな感覚がないと空疎なものとしてとおり過ぎてしまう。


それに教師が倫理的お説教だ大好きなのは、それをし続ける限り教師自身が問われることはないからだ。でもそれはおかしい、教師自身誤りを犯す危険性がある。どんなに正しいと信じられたことも誤りである可能性がある、教師が熱心に教えていることも例外ではない、これを認めるのは辛いことだが、でもそれをしないと教育というものは無意味なのだ。


「じこはおこってはならない」そう考えていると、起こってはいけないことが起こってしまうとそれによってパニックになってしまいその時になすべき判断を誤り被害を拡大してしまう。そうではなくいつも「じこはおこるさ」と思っていれば事故後の対応も事前に思考訓練しており、実際に起こっても少しはましに対応できる。


この動画はすばらしい。大英帝国のずぶとさの精華に私たちは学ばなければならない。