松下昇への接近

 旧 湾曲していく日常

硬直した事物の複合物としての客観的現実

私は最近突然ジョルジョ・ルカーチの「歴史と階級意識」を読み始めた。苦労してなんとか読み終えた。


最高級のインテリがなお、スターリニズムになぜ屈服したその論理が分かる、といってみればまあそういう本です。でもそれだけなら苦労して読む値打ちはないわけです。


1918年末 ルカーチハンガリー共産党入党
ハンガリー革命 (1919年)」を作成中ウィキペディアには現在この名前の項目はありません。
1919年3月クン・ベーラ革命政権
1919年8月1日クン・ベーラ逃亡 (133日間)
1919年9月末、ルカーチ、ウィーンに亡命、オーストリア官憲に逮捕されるもトーマス・マンらの釈放運動によって解放される。
1923年5月『歴史と階級意識』ドイツで出版される。
この本は、即座に党の権威からきびしい非難にさらされる。
1933年ソ連モスクワに亡命
1945年ブダペストに戻る
1956年10月23日、ハンガリー革命
1956年10月24日、ルカーチ(71歳)党中央委員になる。
1956年11月04日、ソ連軍介入。
1971年死去。


ルカーチは書き続け、党の権威は徹底的な批判を行いつづけ、ルカーチ自己批判し続けた。重層する自己批判の複雑なニュアンス。それ以前にスターリニズムとはどういう空気(雰囲気)だったのかの理解のきっかけが私達にはすでにない。
そのような膨大な労苦にも関わらず、笠井潔の次の発言は正しいと私は思う。*1

この書物とスターリン主義の正統教義が、根本的に対立しているわけではない。現実の労働者階級は、おのれの歴史的使命に無自覚である。革命党は労働者階級を説得し、従わない場合は棍棒で強制しても、正しい道を歩ませなければならない。両者に共通する以上のような倒錯的主張は、収容所群島ポル・ポト虐殺事件に必然的に帰結する。
*2

個人というものはけっして事物の尺度とはなりえない。というのは、個人は必然的に硬直した事物の複合物としての客観的現実に向かいあうのであって、この硬直した事物はできあがった不変の事物として個人の目前に存在しており、個人はこのような事物に対してただ承認か拒否かの主観的判断を下しうるだけだからである。ただ階級のみが、実践的に現実の総体の変革に関与できるのである。
ルカーチ『歴史と階級意識』p342白水社

わたしたちは「客観的現実」の中に生きていると思っているが、それはマルクスによれば、商品の物神的性格によって構成された(欲望され呼吸されている)この社会をなんら疑わずにその中で生きていることにすぎない。
「この現実」のなかで生きざるをえない、つまり革命は不可能だという実感はいまやまったく強固なものだ。一方「この現実」というものが、農民の土とか工場労働者の汗のような自然との有機的交流を失った、なんの根拠もない偽物にすぎないという実感も、その裏で強くなっている。

「この現実」の転倒可能性を自明に前提し、それをドイツ観念論の歴史から器用に再度論証してくれる。そう評するだけなのも、ヒドイ話だが、とりあえず、わたしにとってこの本はまずそのような本だった。

ルカーチの生年

ルカーチ・ジェルジ(ハンガリー語 Szegedi Lukács György Bernát、ドイツ語 Georg Bernhard Lukács von Szegedin 、1885年4月13日 - 1971年6月4日)はハンガリーブダペスト出身の哲学者、マルクス主義者。
レーニンが1870年、ローザと幸徳秋水1871年生まれなのでほぼ15歳違う。1886年には石川啄木が生まれている。
1917年に生まれるべき(ロシア)革命を事前に絞殺するためのように1911年大逆事件が起こり、日本のルカーチになれたかもしれない啄木は秋水を後追いするかのように早死する。日本はどのような自由も圧殺するため北一輝も殺し戦争へむりやり向かっていく。1989年、天安門事件の後東欧解放が起こるが、大逆事件の悪夢が約35年間冷めなかったことを思うと、天安門の悪夢から東アジアが覚めるのも後20年かかるかもしれない。


ウラジーミル・イリイチレーニン(ロシア語: Влади́мир Ильи́ч Ле́нин、1870年4月22日 – 1924年1月21日)は、ロシアの革命家、政治家。
ローザ・ルクセンブルク(Rosa Luxemburg, ポーランド語名ルジャ・ルクセンブルク、Róża Luksemburg 1871年3月5日 - 1919年1月15日)は、ポーランドに生まれドイツで活動したマルクス主義の政治理論家、哲学者、革命家。
幸徳 秋水(こうとく しゅうすい、1871年11月5日(明治4年9月23日) - 1911年(明治44年)1月24日)は、明治時代のジャーナリスト、思想家、社会主義者無政府主義者


北 一輝(きた いっき、本名:北 輝次郎(きた てるじろう)、1883年(明治16年)4月3日 - 1937年(昭和12年)8月19日)は、戦前の日本の思想家、社会運動家国家社会主義者。
ルカーチ・ジェルジ(ハンガリー語 Szegedi Lukács György Bernát、ドイツ語 Georg Bernhard Lukács von Szegedin 、1885年4月13日 - 1971年6月4日)はハンガリーブダペスト出身の哲学者、マルクス主義者。
石川 啄木(いしかわ たくぼく、1886年明治19年)2月20日 - 1912年(明治45年)4月13日)は、日本の歌人、詩人。

空想的極左冒険主義

『小説の理論』『歴史と階級意識』について、
「正統的マルクス主義の立場からは、前二著が空想的極左冒険主義の産物としてしりぞけられなければならなかったように」と、川村二郎は書いている、1969年に出た『魂と形式』(ルカーチ著作集1・白水社)で。あたりまえのように。

*1:棍棒で強制しても」とはローザなら決して言わない。ルカーチは「歴史と階級意識」でローザ批判しているが、それがこの本の核心から導き出されるものであるのかどうか、については私は分からない。

*2:現代思想冒険者たち「ルカーチ」栞より