松下昇への接近

 旧 湾曲していく日常

福島には原発が必要だったんです。

もちろん、こんな結末が待っていると知っていたら誰も受け入れなかったでしょう。
でも、分からなかった。
福島には原発が必要だったんです。
40年前から、あの日あの時までは。


東京の大手メディアは事故が起こると、一目散に逃げました。でも地元の報道局はずっと被災者の声を伝えていました。そこには原発で働く人やその家族、原発関係者で成り立っていた地域の人たちの声もありました。農業や漁業で働く人たちと同じくらいに、ちゃんと取り上げられていたのです。農家。漁師。原発関係者…。それは複雑な構図ですが、それぞれ生の声でした。


原発は必要でした。
首都圏のために電気を送って、地域はその代わりにあらゆる恩恵を受けました。
だからといって今回の事故を許してはなりません。
ずさんな安全管理と隠蔽体質による、人災なのだから。
福島県民よ、引け目を感じるな!そう言いたい。
たとえ協力会社の社員を身内に持っていたとしても、私たちが先頭に立って東電を糾弾していくべきです。
http://d.hatena.ne.jp/ayua/20110411/1302526954

原発から利益を得ていた福島県民の気持ちは私には分からない。反原発を言うことが彼らと敵対することにつながる可能性もある。しかしそれよりも、おそらく、協力会社社員や下請け、臨時工など被曝してきた労働者の視線に立つことができれば、東電と推進勢力の傲慢さ、不条理さをもっとも深く理解することができるはずだ。

http://bit.ly/fSglz2 からの引用:「3月28日、保安検査官事務所の横田一磨氏の報告によれば、作業者の食事は1日2回(ビスケットとアルファ米だけ)、夜は毛布1枚で雑魚寝であると。また4月1日の報道によれば、放射線の被曝量を測定する線量計はグループで1〜2個しかなかったという。
→日本の未来はどうなるか、その命運は上記作業者の双肩にかかっている。であるにもかかわらず、この劣悪な処遇は一体どうしたことなのか。」

湯之上隆氏は続ける。地震から17日経っており、やる気があれば処遇の改善は出来た。作業員に対する差別意識が劣悪さの原因だと野原には思える。


続き)「作業者一人ひとりに線量計を渡していなかったことは、到底許されることではない。これに対する東京電力の「被曝管理に問題はないと考えているが、不安に思う作業員がおり、全員に携行させることにした」というコメントには呆れ果ててしまった。このようなことが常態化していたとしか考えられない」

関連して野原がtwitterで引用したので引いておく。


関わったこと、是認したことは事実だ。だとしてもこんな事になるとは思わなかった。今、どうするか? 「原発はもういらない。」とid:ayua さんは言う。


私たちは都会に住み一方的に電気を消費してきた。なおも「原発を維持せよ」ということは危険を彼らにだけ押し付けることにもなる。
少なくとも原発がより安い電気であるというのは、大量に発生する使用済燃料の処理費用を勘定にいれない真っ赤な嘘だった。
原発反対」と言うのを急ぐべきではないとしても、ためらう心情に正義があるとは思えない。