松下昇への接近

 旧 湾曲していく日常

私は模索する

 授業と関係なく思い知らされたことは、次は何かという模索のみが次の対象をつくり、その逆ではないことである。
http://666999.info/matu/data/hukakutei.php#hukakutei

 ヘーゲル哲学史に典型的なように授業ではまさにその逆が語られる。私たちは模索する。なぜ模索などするのだろう。一方で研究者がいなくなり衰退していく学問があるのに一方で世界中から情熱が惜しみなく注ぎこまれる領域もある。人類が模索していくシステムとして大学というものははたして21世紀に適合的であろうか。大学解体派の問いかけにはこのような問も含まれていたであろう。