松下昇への接近

 旧 湾曲していく日常

女性を「人間的」に考えているとは?

いま柳沢大臣を非難している人の中には、日ごろ「働く女性のキャリアアップを妨げるような育児環境の不備が少子化を推し進めている」と主張していると思われる人もいる。しかしこれは、乱暴に言えば「給料が減って出世ができないから子供を産む人も減る」ということで、これは明らかに女性を「機械」扱いするものではないだろうか。
http://d.hatena.ne.jp/qushanxin/20070208
2007-02-08

qushanxinさんの文章も 上で引用した
http://d.hatena.ne.jp/tonmanaangler/20070206/1170762655
とだいたい同じ方向。
http://d.hatena.ne.jp/kechack/20070207/p1
の整理では、少子化対策には育児支援など と国民啓蒙*1と二つある。
育児環境を整備することは、生まれてくる子とその母の苦労を減らすことであり、善である。女性も家の外へ働きに出るという生活が普通である現在、育児の苦労を自己責任で負うべきだという論理は暴論になる。したがって育児支援にはこれまで大きな反対はなかった。
育児支援の対象は子供とその母親である。その上で、子供を作ろうかどうか考えている親の意識に影響を与えるという副次的効果が期待できる(だろう)。
行政はおかしなことに、育児支援事業を「少子化対策」という大きなカテゴリーにおいて行っていることが少なくない。
何故だろう?
でそのような倒錯を前提にして、「少子化対策」に反対する人が育児支援事業にもケチを付け始めている。
(2/9追加)

*1:啓蒙という言葉は基本的に良い意味に使われるのでこの言葉はあまり良くないが。