松下昇への接近

 旧 湾曲していく日常

代用監獄を廃止しよう!

被疑者&死刑確定者の「処遇」に関わる法案が衆議院法務委員会で審議入りです。衆議院法務委員会での審議は、スケジュール通りに進み、採決される可能性が大です。とのことです。
あるMLでの「京都発/たまご」さんのメールにあった「刑事法学者の意見」です。
納得できる意見です。
推進側の「刑事司法手続は各国独自の歴史と国民性を背景としてきているものであり、これを度外視した『国際的基準』なるものを尺度として、個別の制度の存廃を議論すべきではない」とする意見、はおぞましい。「日本独自の歴史と国民性」と言えば何でも合理化出来るのか。論理以前のたわごとによる法改正は無用である。
転送歓迎です。

未決拘禁および死刑確定者の処遇に関する法改正についての刑事法学者の意見
2006年3月27日(呼びかけ&賛同者は略)

1. 法改正に向けて議論が尽くされなければならない
 本年3月13日、未決被拘禁者および死刑確定者の処遇に関する規定を含む「刑事施
設及び受刑者の処遇等に関する法律の一部を改正する法律案」(以下、法案)が国会
に提出された。この法案には看過できない数多くの問題が含まれている。私たちは、
法案を全面的に見直し、さらに議論を尽くすよう求めるものである。
 法案作成に先立ち、日弁連法務省警察庁による協議、および「未決拘禁者の処
遇等に関する有識者会議」(以下、有識者会議)による検討が行われた。しかし、有
識者会議においては、代用監獄の存廃、弁護人とのコミュニケーションの具体的あり
方など、重要問題をめぐって鋭く意見が対立し、本年2月2日に作成された『未決拘禁
者の処遇等に関する提言〜治安と人権、その調和と均衡を目指して〜』(以下、提
言)においても、これらについて一致した意見は示されなかった。また、死刑確定者
の処遇については、そもそも有識者会議の検討事項とされなかった。
 もとより法改正にあたっては、刑事手続や刑罰制度のあり方と関連させて、未決被
拘禁者および死刑確定者の処遇の基本原則、その具体的あり方について議論が尽くさ
れなければならない。早期改正の必要を理由にして、おざなりの議論ですませること
は許されない。以下、法改正に向けての議論において踏まえられるべき基本的ポイン
トを指摘する。

2. 国際人権法の要請を満たした未決拘禁法を
 提言は、「刑事司法手続は各国独自の歴史と国民性を背景としてきているものであ
り、これを度外視した『国際的基準』なるものを尺度として、個別の制度の存廃を議
論すべきではない」とする意見が有識者会議において多数を占めたと述べている(提
言10頁)。
 しかし、このような認識は誤りである。国際社会は、平和で民主的な世界を建設す
るために人権保障の国際水準を向上させなければならないと考え、さまざまに異なる
各国の制度すべてにおいて遵守されなければならない普遍的なミニマム・スタンダー
ドを設定してきた。市民的及び政治的権利に関する国際規約(以下、自由権規約
は、そのようなミニマム・スタンダードとして、実体的・手続的な権利そのものを規
定しているだけでなく、それらの権利を確保するために遵守すべき手続保障をも定め
ている。被逮捕者を裁判官の面前に速やかに連れて行くことを要請する自由権規約9
条3項は、そのような手続保障に関する規定のひとつである。自由権規約の保障する
権利を「尊重」し「確保」する(自由権規約2条1項)ためには、このように定められ
た手続保障を遵守しなければならず、そのさい当然に、手続保障の要請に応えている
かという観点から、「個別の制度の存廃」をも検討しなければならないのである。
 また、自由権規約は、その実施状況に関する政府報告を規約人権委員会が定期的に
審査することを通じ、各国の制度において国際人権のミニマム・スタンダードを遵守
するために自由権規約の要請がどのように具体化されるべきかを明らかにしている。
それゆえ、規約人権委員会の勧告を確実に踏まえた法改正がなされなければならな
い。しかし、法案が国際人権法の要請に応えているかについては、重大な疑問がある
といわざるをえない。

3. 無罪推定の原則の意義
 被疑者・被告人は有罪が確定するまで無罪と推定される(憲法31条)。自由権規約
14条2項も、この原則を明文で規定している。
 有識者会議においては、無罪推定の原則の意義について意見が大きく分かれ、提言
は、「『無罪の推定』とは、一般に、証拠法上の問題として、検察官が犯罪事実の存
在を合理的な疑いを容れない程度にまで証明しない限り有罪とされないことを意味す
る」との意見を示したうえで、未決被拘禁者の権利および自由の制限は必要かつ合理
的な範囲のものでなければならないとまとめている(提言3頁)。しかし、これは、
無罪推定の原則の意義を正しく理解したものとはいいがたい。
 第1に、無罪推定の原則からは、未決拘禁を可能な限り回避することが要請され
る。この身体不拘束の原則は、国際人権法上広く認められているところであるが、自
由権規約9条3項も、「裁判に付されるものを抑留することが原則であってはなら」な
いと規定している。現在深刻化している過剰収容に対処するうえで基本におかれるべ
きは、身体不拘束の原則である。
 第2に、拘禁された場合でも、被拘禁者の権利は最大限に保障されなければならな
い。市民的権利の制約は拘禁目的を達成するための必要最小限度においてのみ認めら
れ、防御権の実質的制約は許されない。つまり無罪推定の原則は、「証拠法上の問
題」にとどまらない、権利保障に関する「処遇原則」でもある。自由権規約10条2項
(a)も、未決被拘禁者は「有罪の判決を受けていない者としての地位に相応する別
個の取扱いを受ける」と規定することによって、このことを認めている。無罪推定の
原則の意義を正しく理解したうえで、それを具体化する法改正がなされなければなら
ない。

4. 無罪推定の原則からみた法案の問題点
 しかし法案は、処遇の原則を規定する31条(以下ことわりのない限り、法案の条文
を引用)において、「未決の者としての地位を考慮し、逃走及び罪証の隠滅の防止並
びにその防御権の尊重にとくに留意しなければならない」とするにとどまり、無罪を
推定される被拘禁者の権利が最大限に尊重されるべきことを明示していない。このこ
とは、具体的な処遇に関する諸規定において、施設の規律・秩序の維持、あるいは管
理運営上の必要性を理由とする権利制約が定められていることに現われている。未既
決ないし男女の未分離を認める17条2項、一般条項的に遵守事項を定める74条2項10号
・211条2項9号・262条2項9号、面会制限を定める118条・220条・268条、信書発受制
限を定める130条・136条・225条など、そのような規定は数多く存在する。さらに、
信書の内容検査を原則とし、かつ被拘禁者が発する信書は全て内容検査を行うとする
135条・222条・270条、外国語による面会・信書の発受について、通訳・翻訳の費用
を被拘禁者に負担させ、この負担が不可能である場合に面会・信書の発受を禁ずる
148条・228条・274条は、過度に広汎な権利制約であるとともに、防御権侵害をも招
くものである。
 防御権の保障との関係においては、とくに被疑者・被告人が有効な弁護を受けるた
めに、弁護人との自由なコミュニケーションの保障が不可欠である(刑事訴訟法39条
1項)。この観点から法案を検討すると、弁護人などが発した信書については、該当
性確認のために必要な限度での検査にとどめるとしつつも、この検査が内容検査には
決して及ばないことを明示していない点(135条2項・222条3項・270条3項)、被拘禁
者が弁護人に宛てた信書はすべて内容検査を行うことを前提としている点(135条1項
・222条1項・270条1項)、弁護人と被拘禁者との面会の時間帯、弁護人等の人数につ
いて管理運営上の支障を理由に制限しうるとしている点(118条・220条・268条)、
提言において検討すべきとされた電話・ファックスによるコミュニケーションについ
て一切規定を置いていない点など、重大な問題があるといわざるをえない。さらに、
法案117条は、被拘禁者と弁護人との面会についてまでも、施設の規律・秩序を害す
る行為がある場合には面会の一時停止を認めているが、現実的にみてその必要性に重
大な疑問があるうえに、面会の秘密性について不安が生じる結果、自由なコミュニ
ケーションに対する萎縮効果がもたらされる。防御権の重大な制約として、決して許
されるべきではない。
 また、管理運営上の必要性による権利制約という点に関連して、各施設の人的・物
的体制によって処遇・権利制約のあり方を異にすることを意図したと思われる規定が
数多く盛り込まれていることも問題である。たとえば、法案は保護室が設置されてい
ない留置施設における防声具の使用を認める(213条)が、これは施設の都合により
生命・身体の危険に及ぶ措置を行うものであって、このような措置は必要最小限の制
約という基準を満たすものとは到底いえない。

5. 捜査と拘禁の完全分離と代用監獄の廃止
 未決拘禁は刑事訴訟法に基づき裁判官・裁判所によって決定されたものであるか
ら、司法的コントロールに服さなければならない。そのためには、未決拘禁すること
を裁判官・裁判所が決定し、拘禁場所を指定するだけでは足りず、拘禁が捜査に利用
されないよう確保する必要がある。自由権規約9条3項が捜査と拘禁の完全分離を定め
ているのはそのためである。
 代用監獄は取調べの便宜・効率のために被疑者を警察の留置場に拘禁する制度であ
るが、これによって捜査と拘禁はひとつに結合する。捜査・取調べを行う警察の手に
よって、被疑者が社会生活と情報から遮断され、睡眠、食事、用便にまで至る全生活
が管理されるとき、たとえ特別な暴行・脅迫がなくとも、虚偽自白への強い圧力が生
じる。取調べ時間の制限、録音・録画など、取調べの「適正化」だけでは解消しない
代用監獄固有の問題が残るのである。代用監獄が捜査と拘禁の完全分離という要請に
反することは、明らかである。
 ところが、日本政府は、規約人権委員会に対し、警察内部において捜査部門と留置
部門が分離しているから弊害はないと繰り返し主張してきた。提言もまた、捜査部門
と留置部門の分離について、「積極的に評価すべきである」と述べている(提言12
頁)。この点について、法案は、「留置担当官は、その留置施設に留置されている被
留置者に係る犯罪の捜査に従事してはならない」と規定し(16条3項)、留置施設に
おける懲罰が捜査目的に用いられることを禁止するにとどまっており(190条3項)、
拘禁が捜査に利用されないよう確保するという捜査と拘禁の完全分離の要請にまった
く応えていない。
 実際、捜査と留置の「分離」といっても、同じ警察署のなかで担当部署が分けられ
ているにすぎない。取調室と留置場は同じ警察署のなかに近接して設置されている。
留置担当者には、被拘禁者の健康管理、食事・睡眠・運動時間の確保のために、捜査
担当者に対して取調べの打ち切りを求める権限は与えられていない。深夜にわたる長
時間の取調べの例は、最近でも報告されている。警察内部での担当部署の分離では規
約の要請を満たさないこと、規約の要請を満たすためには代用監獄を廃止しなければ
ならないことは、規約人権委員会も再三指摘してきている。
 取調べの便宜・効率のために代用監獄が必要だという意見は、有識者会議において
も根強かった(提言10-11頁参照)。しかし、代用監獄による捜査と拘禁の結合、そ
のなかで生じる自白強要の圧力を考えたとき、取調べの便宜・効率を理由にして代用
監獄を存置することは許されない。代用監獄の廃止が国際人権法の要請であり、その
ために最大限の努力をすることが日本の国際的責務である。

6. 取調べと自白に頼りすぎない、透明で客観的な刑事手続の構築を
 有識者会議においては、拘置所の収容能力の限界も指摘されたが、これによって自
由権規約違反が正当化され、日本政府の国際的責務が免除されることはない。現在の
拘置所の収容能力に限界があるのであれば、令状請求・審査の厳格化、保釈の積極的
活用などによって未決拘禁を抑制したうえで、必要な拘置所設置について具体的プロ
グラムを策定すべきである。
 ところが法案は、未決拘禁を抑制すべきこと、代用監獄への収容を例外的なものと
して限定すべきこと、代用監獄をたとえさしあたり存続させざるをえないとしても、
将来は廃止すべきことを明示していない。むしろ法案は、監獄法1条3項および刑事施
設ニ於ケル刑事被告人ノ収容等ニ関スル法律2条にあった「警察官署ニ附属スル」と
の文言を削除しており(14条1項)、そのことによって、警察官署から独立した大規
模留置施設の建設を追認し、代用監獄への収容を原則化しようとの姿勢を示している
かにもみえる。
 日本の刑事手続が目指すべき方向は、身体不拘束の原則に従い未決拘禁を抑制した
うえで、捜査と拘禁の完全分離という要請に応えるべく、代用監獄への拘禁を利用し
た取調べとそれによって得られる自白に頼りすぎることなく、透明性と客観性のある
手続を構築することである。これが刑事手続の国際水準であり、裁判員制度の導入を
控えた現在、焦眉の課題となっている。法案における代用監獄に関する規定は全面的
に見直されなければならない。代用監獄を直ちに廃止することが困難だというのであ
れば、廃止に向けての具体的プログラムを策定すべきである。

7. 死刑確定者の処遇について
(略)