松下昇への接近

 旧 湾曲していく日常

「キリシタンが日本の娘を奴隷として50万人も買った」

http://d.hatena.ne.jp/antonian/20060301/1141184938
経由で
http://blogs.yahoo.co.jp/yaninattyauyo/26178185.html と
http://d.hatena.ne.jp/lovelovedog/20060304#p1
を読みました。

lovelovedogさんコメント欄より
# tsukasa 『戦国時代の奴隷売買については、上述の藤木久志氏の『雑兵たちの戦場』(朝日選書)という本があります。
古文書を駆使し、慢性的飢餓にあった中世農村の「出稼ぎ」として戦争のディテールを論じたこの本では、戦国時代の戦争は半分かた大規模な人狩りビジネスであったとされています。
藤木氏が引用している古文書は国内での売買例なのですが、相当数の奴隷が国外に売られたことは確かにしても、それを上回る国内市場があったと思われます(日本国内で奴隷と言うとピンとこないかもしれませんが、下人と呼ばれ売買される非自由身分が古文書には多々登場しており、私の先祖に売買された下人がいても不思議はないぐらいです)。
大河ドラマに出てくる戦国群雄は、そういう人狩りビジネスの企画者だったわけで、それを抜きに宣教師だけ糾弾するのは不公平でしょうね。』

おそらく卑弥呼の時代から、日本人は日本人を売り続けてきたわけです。*1
で日本人とは何か?わたしたちの認識枠組みがその人々を仮に日本人と名付けているだけだと確認しておかないと、常に話が偏差していく。「日本人は悪ではない」というアプリオリがある以上、悪は中国人かキリシタンになるしかない。
「自分達自身も迫害者になる可能性がある」という命題を、宗教的に深めることも大事ななのかもしれない。だがまずそのことを政治的に押さえておく必要があるだろう。原罪とは私が「わたしたち」というカテゴライズなしに生きられないことだろうか。そうであるとしても日本人というアイデンティティは私には不要だが。

*1:百年か90年ほど前まではそれほど珍しいことではなかった。例:http://d.hatena.ne.jp/noharra/11001210#p3