松下昇への接近

 旧 湾曲していく日常

君が代斉唱しない。

 上の子の学校の卒業式に行って来た。最初に国歌斉唱があった。生徒に対して「強制はしない」旨の注意は一応あったようであり、生徒はあまり歌っていなかったような印象。わたしは君が代の強制には反対なので、その時だけ着席した。見渡せないので分からないが、わたし以外はあまりいなかったようだ。
 教育委員会に聞いてみた。君が代を歌わせる根拠は、学習指導要領にある。ちなみに学校教育法がまずあり、その施行規則があり、それを受けて学習指導要領というものがあるということ。

3入学式や卒業式などにおいては,その意義を踏まえ,国旗を掲揚するとともに,国歌を斉唱するよう指導するものとする。
http://www.mext.go.jp/b_menu/shuppan/sonota/990301/03122601/012.htm
小学校学習指導要領(平成10年12月告示、15年12月一部改正)−第4章:特別活動

(3)国歌「君が代」は,いずれの学年においても指導すること。
http://www.mext.go.jp/b_menu/shuppan/sonota/990301/03122601/007.htm
小学校学習指導要領(平成10年12月告示、15年12月一部改正)−第2章:各教科−第6節:音楽

わたしが聞きたかったことは、「国歌の意義」である。
口頭での問答だから正確ではないが、「他国の国旗国家に敬意を表することは必要である。そのためには日本人として自国の他国の国旗国家に敬意を表することも知らなければいけない。」みたいな非常に腰の引けた意義の説明のようだった。日本国については、象徴天皇と平和主義であり、そのシンボルとしての君が代みたいな感じか。

2.郷土及び国家の現状と伝統について、正しい理解に導き、進んで国際協調の精神を養うこと。
(学校教育法 18条)http://www.houko.com/00/01/S22/026.HTM#s1

「国家の伝統」ですね。これが何か?を確認したいわけですが。*1


 で、その担当者が言っていたことは、「最高裁伝習館高校判決」によって「学習指導要領の法的拘束力」が肯定されたということであった。
ふーんそうなんだ。伝習館とはなつかしい。

「高等学校学習指導要領(昭和三五年文部省告示第九四号)は法規としての性質を有するとした原審の判断は、正当として是認することができ、
http://www.asahi-net.or.jp/~si8k-nmmt/98-08-07kanagawa.htm#%87V 98-08-07(平塚養護学校

最高裁は断言しているみたいだ。困ったね。

ところで国旗国歌法って1999にできたのか。

国旗及び国歌に関する法律
平成11(1999)年8月13日 法律第127号
(国歌)
第二条 1  国歌は、君が代とする。
2   君が代の歌詞及び楽曲は、別記第二のとおりとする。
(全部で2条しかありません)

しかし学習指導要領には1968年からあったみたいだ。

2 音楽の場合、「適切な指導をすることが望ましい」として初登場した「君が代」が六八年告示から「指導するものとする」、七七年告示から「国歌『君が代』」、 そして八九年告示から「指導すること」と極めて大きく変化してきたこと。
3 学校行事等又は特別活動においては、「君が代」が七七(七八)年告示から「国歌」と書かれるとともに、「国民の祝日などにおいて…望ましい。」との一文が が八九年告示から「入学式や卒業式などにおいて…指導するものとする。」と変化し、入学式及び卒業式での強制の方向が強まったこと。
http://www.asahi-net.or.jp/~si8k-nmmt/98-08-07kanagawa.htm#%87V 98-08-07平塚養護学校

31年間かけて国民に浸透させてようやく国歌法を成立させたわけだ。
教育委員会の職員の意見は「君が代」だからではなく「国歌」だから歌いなさいという理屈のようだ。「日の丸・君が代」を「 戦前・戦中に天皇主権下で軍国主義超国家主義のために「活用」された」ものとして反発する勢力が先なのか、「軍国主義超国家主義へのノスタルジーを持つ勢力」?が先なのか。学習指導要領については後者が1968年ころからヘゲモニーを取って着実に強制の方向へ進んでいるわけだ。37年前ですからゆっくりした動きとも言えますが、最近ではビラ撒き逮捕の件もあり、安心もしていられないでしょう。
 教育委員会への電話は、勉強不足で論点を絞りきれず中途半端なまま終わりました。
 あまり内容もないのですが報告まで。

*1:右翼〜体制派は、教育勅語から敗戦までの国家主義的な社会〜国家観をもって、「伝統」と言っているようだが。残念! 日本は1300年以上の伝統があるのだがそれを無視している。