松下昇への接近

 旧 湾曲していく日常

天のウズメの胸乳

 むかし、神が天から下ってこようとした時、天のやちまたに一人の異形の地神*1が居た。何ものだと従の神に聞かせようとしたが、皆位負けして問えない。天のうず女に命が下る。「天のうず女*2、すなわちその胸乳を露わにかきいでて、裳帯(もひも)を臍の下に仰(おした)れて、咲(あざ)わらいて向きて立つ。*3」有名な天の岩戸の前のパフォーマンスとほぼ同じである。*4しかし、天の岩戸の時の、神々が観客として大勢いて、天のうず女のパフォーマンスに「八百万の神ともに笑いき。」という、みながショーを楽しんでいるといった配置とは今回は全く違う。どんな敵が潜んでいるかしれない未知の領域に入ったとたん、強そうな異貌のものが立ちふさがっている。どちらかというと闘って力でねじ伏せて進んでいくしかないとシシュエーションにいきなり裸に近い女が登場するのは、21世紀風の趣味にはひょっとしたら合うかもしれないが、古代にふさわしいことなのか、と疑問がふくらむ。
 だが、白川静の『字統』などによれば、濃い化粧をした巫女(ふじょ)の呪祝の力は古代において非常に重視されたもののようだ。*5天のウズメのエロティックなパフォーマンスは、エロティックなものとしてあったのではなく、敵を倒す呪いの力を持つものであったのだ。したがって「胸乳かきいで」云々というフレーズは、後者の闘いのシシュエーションに置かれていたテキストの方が古いのではないか。現代人にも分かりやすいストリップショーの喜びという場面は、古事記の時代の人によって新たに作られたものでそれほど古くないのではないか。

*1:猿田彦大神

*2:天鈿女、あるいは天宇受売

*3:p134岩波文庫日本書紀

*4:古事記では、「胸乳をかきいで、裳緒(もひも)をほとに忍(おし)垂(た)れき」。p51新潮日本古典集成

*5:『字統』の媚、蔑などの項目参照。