6.沈んでいる死者もあり、浮かんでいる死者もいた
筑紫峠も、辰平は忘れることができず、フーコンという言葉を聞けば思い出すのであった。サモウの野戦病院というのか、患者収容所というのか、あれもひどいものであった。患者が多くて、とてもあの瀬降り病棟に全部を収容しきれず、土の上に、何人もの患者が横たわっていた。雨が降ると、そこでそのまま打たれて、ずぶ濡れに濡れていた。そのような患者が次々に死んだ。死体は、共同の死体壕に投げ込まれた。死体壕に雨水が流入してできたプールに、沈んでいる死者もあり、浮かんでいる死者もいた。禿鷲が降下して死者の肉を爪にかけて、飛び去った。
あの死体壕に投下されるまで、死者は泥土に顔を突っ込んでいた。あるいは、仰向けになって、眼と口をあけていた。
あれは確かにあったことであり、実際に見たことなのだ。辰平にはしかし、幻のようにも思えるのであった。あんなに多くの人が、あんな姿で死んでいる光景を、俺は本当に見たのか。もしかしたら、幻想ではないのか。そんな気がするのである。死者の光景だけではない。あの戦場のすべてが夢の中の光景のように思えるのであった。
(p12-13『フーコン戦記』isbn:4167291037)
昨日(5/19)、あるところで、「従軍慰安婦をめぐる6枚の紙片…」と題して話しました。
その時に使った6枚の紙片です。