松下昇への接近

 旧 湾曲していく日常

鄭おばさんの故郷(クニ)

班忠義監督の「ガイサンシーとその姉妹たち」と「チョンおばさんのクニ(王母鄭氏)」を見てきました。
両方とも面白かったです。両方とも日本軍による性暴力被害者(あるいは「慰安婦」)を中国の田舎町に尋ねるといったドキュメンタリーですが、映像や話が単調にならずちゃんと見れる映画になっています。監督は撫順生まれの中国人ですが日本留学年数が長く、日中の架け橋的存在になりたいとも言っている。1958年生まれでイデオロギー的運動家的臭みはない。
「チョンおばさんのクニ」の「クニ」というのが分かりにくいがこれは日本語で「おクニ(国)どちら?」というときのクニ、故郷という意味だろう。彼女は戦争中まだ10台半ばで日本軍にだまされて*1中国(漢口か)に連れて来られ慰安婦にさせられ、そのまま放置され、中国人王氏と結婚し約50年苦労の末子や孫に囲まれる生活に辿り着いた。死ぬまでに一度故郷韓国を一目見たいというのが病気になった彼女の願い。彼女の「クニ」は中国か?韓国か?というのが表題になっている。
紹介:http://www.cinenouveau.com/x_cinemalib2007/chong.htm
班忠義がやっと故郷の街を探し当て彼女は韓国に里帰り。韓国の支援団体は韓国女性の礼服なのか真っ白なチョゴリを買ったくれたりして歓待する。真っ白なチョゴリを初めて着て嬉しそうな鄭おばさんは支援者に促されて、アリランを踊るまねをする。「アリランアリランアラリヨ、アリランとうげを〜〜」この時、確かに「とうげを」と日本語で彼女は歌ったのだ。彼女の青春を(それが悲惨だったとしても)彼女は主に日本語で過ごしてきたのだ。だからここで日本語が出てもおかしくはない。
それにしても、中国/韓国という二つの故郷の間でいくらか葛藤するというこの映画で日本は昔の敵国でありもう一つの故郷にはカウントされていない。にもかかわらず、本人や監督ましてや韓国への帰還をドラマチックに盛り上げようと願っていた韓国人支援者が思いもよらなかった時、不意に日本語が彼女の口から漏れる。
不意打ちである。びっくりした。
被害国民/加害国民という二元論や被害妄想的自慰史観の平板さからすべりおちる真実はつねに在る。

*1:最初にだましたのは誰か?中国まで連れて行ったのは誰か?は映画で描かれていません