松下昇への接近

 旧 湾曲していく日常

愛国心=コミュニティ意識 説

日本ではなぜか愛国心というのを、通常のコミュニティ意識や仲間意識と別の悪い物だと考える人が多いけれど、これらはまったく同じものだ
http://d.hatena.ne.jp/wlj-Friday/20061012

国家と そこら辺のコミュニティは同じものだ、という説。
珍説としか言いようがない。

国家は分配の為にある。

 そして社会のまとまりと効率とでは? 市場の開放と相互依存、分配の高度化による社会のまとまりが実現され、そしてそれによりあまり思い規制がなくても社会は動き、イノベーションも高まる。これが最も高い発展を実現するシナリオだ。ただし、これは一方でセキュリティはどうしても下げる。人やモノや金の移動が自由になれば、新しい不安要因は増える。
http://d.hatena.ne.jp/wlj-Friday/20061012/p1

 リバタリアンの多いアメリカ論壇に「分配」を啓蒙するためには使えるレトリックなのか。
 一方、kechack氏の「地元への利益誘導」論は、現在の分配のあり方に反対する者を、反分配論者と呼ぶレトリックに近い。
 「日本で愛国心を悪い物だと考える人が多い」のは、国民の一体感がすでに高く確立している日本において、ことさらに愛国心教育をやろうとする勢力への反発である。山形浩生氏は「愛国心教育」に賛成なのか?その論理はシェルレポートからはかならずしも出てこないと思うぞ。
(10/17記)