松下昇への接近

 旧 湾曲していく日常

己でもって理解、体察せよ

朱子語類」抄*1という本が図書館にあったので借りてみた。

某 此 間 講 說 時 少 , 踐 履 時 多 , 事 事 都 用 你 自 去 理 會 , 自 去 體 察 , 自 去 涵 養 。 書用 你 自 去 讀 , 道 理 用 你 白 去 究 索 。 某 只 是 做 得 箇 引 路 底 人 , 做 得 箇 證 明 底 人 , 有 疑難 處 同 商 量 而 已 。 僩 。[223]第十三章
http://sangle.web.wesleyan.edu/etext/song-qing/z7-13.html

三浦国男氏による現代語訳をざっと紹介すると、

私のところでは、講義の時間は少なく、実践の時間が多い。何事もすべて君自身が取りくみ、君自身が身をもって考え、君自身が修養せねばばらん。本も君自身が読み、道理も君自身が研究せんといかん。私はただ道案内人であり、立会人であるにすぎん。疑問点があれば一緒に考えるだけだ。 沈僩

 日本では特に朱子はガチガチの道学先生の親玉といったイメージしかないので、自分自身で考えることを特に強調した思想家であることを強調しておくのは意味がある。


どうでもいいが*2塩谷立文部科学相は18日の閣議後会見で「国歌斉唱時に起立するのは国際的にも常識。それが理解されていないのなら、国として何らかの指導をする必要がある」と述べた。」国歌というものはそれを好きじゃなくとも敬意を表さなければならないそうしたものだということを、教えたいようだ。「何事もすべて君自身が取りくみ、君自身が身をもって考え、君自身が修養せねばばらん。」といった自分というものはそれほどだいじではない。それより秩序に対する従順さが大事だと。魅力的でないひらべったい思想に思える。一国の文化をそうした貧しい思想で指導してもよいものだろうか。いやいけない。

*1:isbn:9784061598959

*2:いや書いているのだからどうでもいいわけじゃないことになるが