つくる会はシオニストに乗っ取られた!

http://d.hatena.ne.jp/claw/20060228#p1 より引用。

http://www.tsukurukai.com/01_top_news/file_news/news_060228.html
>2月27日、「新しい歴史教科書をつくる会」は理事会を開き、八木秀次会長を解任する動議が提出され、出席理事の挙手投票により賛成6、反対5の票決で、八木会長の「解任」が決定された。新しい会長には、種子島経(おさむ)理事(71)が選任された。・・・

種子島経氏とは、「今、日本人は、「ルック・イスラエル!」をこそ心がけるべきなのだ」と唱えるシオニストらしい。

▼ミルトスHP
http://www.myrtos.co.jp/index.html
>>弊社は、昭和六十年(1985年)の創業以来、聖書の世界、ユダヤイスラエル文化(ヘブライズム)を日本へ伝える出版並びにイスラエル旅行手配を中心に、20年の歴史を刻んで参りました。

http://d.hatena.ne.jp/keyword/%BF%B7%A4%B7%A4%A4%CE%F2%BB%CB%B6%B5%B2%CA%BD%F1%A4%F2%A4%C4%A4%AF%A4%EB%B2%F1?kid=49034
キーワード - 新しい歴史教科書をつくる会とは には「つくる会が最近「キリストの幕屋」という宗教団体の影響を非常に受けてきている」という指摘があるが、「キリストの幕屋」は「キリスト教シオニズム」の団体。
 で、じつは、日本の国家主義ナショナリズムは19世紀の後半に起源する“東アジアのシオニズム”というべきものだ、というのがわたしの持論です。だからといってナショナリズムや伝統を掲げる組織がイスラエル系勢力に乗っ取られたまま推移するとすれば、日本もとことんおめでたい国だということになる。米国のイラク占領が「アジアの大義」に反するという判断すらできない国だからそういうことも十分あり得ると??

愛国者はバナナ好き?

靖国は米国の(日中離反策=)謀略だ」説の野原です。合衆国が日本よりの立場であるかのように日本に誤解させておいて日本を追随させ、日本人を靖国派にしておけばいつでも東京裁判をもう一度発動できるわけですから、命綱をコントロールできますね。日本の「愛国者」は自分がどれほど大爆笑な存在か気付いていない、わけです。

日本で愛国を語ること=日本人だけが「ある種の欧米人」であり中国・韓国人は範疇外だ、という無意識が文明開化以来ずっと続いていると言いたかったわけです。(野原)

日ユ同祖論

そんなわけで、明治以来、日ユ同祖論的言説はこんこんと湧いてくるわけですね。つまり日本人である以上はバナナ*1であり潜在的日ユ同祖論者である、という不可能な自覚が常に必要であるわけです。


キリストの幕屋」は「キリスト教シオニズム」の団体、と書いたが、はてなキーワードを読むとこれは誤りに近い。

創始者・手島郁郎(1910〜1973)が1948年に聖霊を受け、それまでの無教会主義的活動を改めて、神の幕屋の運動を開始した。 
(略)
本人たちがいわゆるキリスト教でははい(カトリックプロテスタントやどの異端宗派とも違う)と明言している
http://park8.wakwak.com/~kasa/Religion/makuya.html

「手島氏は無教会主義の先駆者である内村鑑三の下で修行した」という由緒正しい系譜の方である。

ただし排他的な民族主義ではなくすべての民族、すべての宗派も尊重する。キリスト教ユダヤ教の原点である「汝、隣人を愛せよ」を地でいく宗教であり、キリスト教でありながら日本人の日本人による日本人のための宗教でもある。(同上)

というのも結構なことだ。

*1:黄色人種なのに自分はある種の白人だと信じているおめでたさ。

シオニストの目的は何か?

 上で、「「手島氏は無教会主義の先駆者である内村鑑三の下で修行した」という由緒正しい系譜の方である。」と書いたのは、ある意味皮肉を意図したものである。
 無教会主義とは、宗教のためには政治や組織などというものは不要であるとしていさぎよくそれらを切り捨て個人の内面的宗教だけを求めようとする志向であろう。であるのに開祖が死んだからといって、宗教とは直接関わりのない政治的「愛国主義的」運動に大量動員をかける。そのような宗教団体は無教会主義の本旨から外れている。聖書によって自己の核心にドライブをかけるという点では共通するのかもしれないが。「幕屋のようにユダヤ教や再建された現代イスラエルから学ぼう」すること自体は、いけないことではなかろう。
しかし、純真な信者のエネルギーが、イスラエル国益キリスト教シオニズムの歪んだビジョンのために利用されているのではないか、という疑いは捨てきれない。
(3/4追記)

「キリシタンが日本の娘を奴隷として50万人も買った」

http://d.hatena.ne.jp/antonian/20060301/1141184938
経由で
http://blogs.yahoo.co.jp/yaninattyauyo/26178185.html と
http://d.hatena.ne.jp/lovelovedog/20060304#p1
を読みました。

lovelovedogさんコメント欄より
# tsukasa 『戦国時代の奴隷売買については、上述の藤木久志氏の『雑兵たちの戦場』(朝日選書)という本があります。
古文書を駆使し、慢性的飢餓にあった中世農村の「出稼ぎ」として戦争のディテールを論じたこの本では、戦国時代の戦争は半分かた大規模な人狩りビジネスであったとされています。
藤木氏が引用している古文書は国内での売買例なのですが、相当数の奴隷が国外に売られたことは確かにしても、それを上回る国内市場があったと思われます(日本国内で奴隷と言うとピンとこないかもしれませんが、下人と呼ばれ売買される非自由身分が古文書には多々登場しており、私の先祖に売買された下人がいても不思議はないぐらいです)。
大河ドラマに出てくる戦国群雄は、そういう人狩りビジネスの企画者だったわけで、それを抜きに宣教師だけ糾弾するのは不公平でしょうね。』

おそらく卑弥呼の時代から、日本人は日本人を売り続けてきたわけです。*1
で日本人とは何か?わたしたちの認識枠組みがその人々を仮に日本人と名付けているだけだと確認しておかないと、常に話が偏差していく。「日本人は悪ではない」というアプリオリがある以上、悪は中国人かキリシタンになるしかない。
「自分達自身も迫害者になる可能性がある」という命題を、宗教的に深めることも大事ななのかもしれない。だがまずそのことを政治的に押さえておく必要があるだろう。原罪とは私が「わたしたち」というカテゴライズなしに生きられないことだろうか。そうであるとしても日本人というアイデンティティは私には不要だが。

*1:百年か90年ほど前まではそれほど珍しいことではなかった。例:http://d.hatena.ne.jp/noharra/11001210#p3